第3話 待ちわびたもの
カイルから定期報告が届いたと、セバスチャンが知らせてくれたのは、『至急連絡を取りたい』と打ち明けてから、一週間ほど経った頃だった。
まだかまだかと待ちわびていた私は、知らせを受けたとたん、セバスチャンに飛びついて、
「ほんとっ!? カイルから手紙って、どんなことが書いてあったの!? ねえねえセバスチャンっ、焦らさないで早く教えてっ!?」
襟元辺りを握り締め、ガックンガックンと、前後に体が動くくらい、大きく揺さぶってしまった。
「ピィッ!?――ひ、ひひ、ひ…っ、姫っ、様っ、……お、おおお落ちつ――っ、いて、くださ――っ」
苦しげな声で我に返り、慌てて襟元から両手を離すと、私は一歩足を引いた。
「わわっ!……ご、ごめんねセバスチャン! つい、興奮しちゃって……」
セバスチャンは千鳥足で、目を回したみたいにフラフラしていたけど。
しばらくすると、体をシャキンと直立させ、
「な、何のこれしきっ。――こ、これしきのこと……ま、全く、問題ございませんともっ」
なんて、強がってみせた。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ションボリとうなだれる。
「うん……。ホントにごめんね?……でも、あの……カ、カイルはなんだって? 修業の成果がどうとかってゆー、報告だったの?」
悪いとは思いつつ、やっぱりどーしても、それが気になってしまって。
私はセバスチャンの顔を窺いながら、おずおずと訊ねた。
「修行の成果……? ホッホ! カイルが旅立ってから、まだひと月ほどしか経っておりませんぞ? もう『修行の成果』などと、お気の早いことでございますなぁ」
セバスチャンは顔を左右に振りつつ、ホッホホッホと笑っている。
う、うぅ……。確かに。
そんなすぐに、成果なんて出るワケないか……。
ん、もう! 私ったら!
いくらカイルに会いたいからって、『気が早い』とか、セバスチャンにまで笑われちゃうなんて……。
なんだか、すごく恥ずかしくなってしまった。
私は無言でセバスチャンの手(というか、翼。これでどうやって物を持ってるのか、未だに謎)から手紙を奪い取ると、部屋の隅まで走った。
「ピッ!?――な、何をなさいます姫様っ!? そのように、他人の物を断わりもなく奪い取るなどと、淑女として――いいえ、人間として、恥ずべき行為でございますぞっ!?」
セバスチャンにしては、珍しく、キツめな言葉で注意して来た。
でも、私もメゲずに言い返す。
「だって! セバスチャンったら、内容教えてくれないんだもの! 私は一刻も早く、カイルに手紙を出したいの! ゆっくりしてる暇なんてないんだからっ!」
「ゆっくり、などと……。そもそも姫様、カイルからの書状と申しましても、定期報告でございますぞ? 姫様がお喜びになられるようなことは、一切、書かれてはございませんのに……」
縦に折られていた手紙を、ドキドキしながら開き始めていた手が、ピタリと止まる。
ただの、定期報告……。
そっ、そんなことわかってるもん!
べつに、私宛てってワケじゃないんだし!
色っぽいことなんて、書いてあるワケないって……。
そんなの、わかってるけど!
でも、それでも……。
カイルが、どんな字を書くのか、とか。
元気だってことだけでも、わかれば……それで充分、だし……。
そう思いながら、私は紙面に目を落とし、彼のイメージ通りの、丁寧で美しい筆跡に目を通した。
――そして、泣きたいくらいに思い知る。
『元気だってことだけでもわかれば』なんて、ただの強がりだってことを。
……私宛てじゃないことが、寂しかった。
今どこどこという場所にいて、なんとかという名前の宿にいます――なんて。
ただ居場所を知らせるだけの、本当に短い『報告』であったことが、悲しかった。
セバスチャン宛てなんだから、彼の立場からしたら、私宛ての言葉なんて書けるワケがない。
そうわかってても、さらっと一言でもいい。『姫様はいかがお過ごしでしょうか』でも、『姫様によろしくお伝えください』でも、なんでもいいから。
彼から私への――私にだけ宛てた言葉が、欲しかった。
「姫様? そのように悲しげなお顔を……。いかがなさいました?」
とっくに読み終わったであろう手紙から、いつまでも目を離そうとしない私を、不審に思ったんだろう。セバスチャンが心配そうに訊ねて来た。
私は慌てて顔を上げ、彼に向かってニッコリと笑い掛ける。
元の状態に手紙を折りたたみながら、努めて大きな声で。
「ううん、なんでもない!……それより、えっと……カイルへの手紙、これから急いで書くから! だから、その……ん~……っと、なんだっけ?……あ、そうそう。『確認状』と一緒に、彼の元に届けてねっ?」
寂しがったって、しょーがないじゃない。
これは私信じゃない。
セバスチャン宛ての、定期報告なんだから。
彼は、騎士見習いとしての、当然の義務を果たしてるだけ。
私からの手紙が届けば、きっと……。
彼だって、私だけに向けた言葉を、書き送ってくれるに違いない。
うん、そーだよ!
全ては、手紙を出してからだ!
こんな小さなことで、いちいち落ち込んでなんかいられない!
自分に言い聞かせてから、テーブルの上に紙を置き、横に羽根ペンとインクを並べると。
私はカイルへの手紙を、ことさら熱心に書きつづった。
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