第2話 募る想い

 城に着いてから、私が最初にしたことは、何だったかと言うと。

 セバスチャンに、


「カイルと、至急連絡を取りたいの! ねえ、どーすればいい?」


 と訊ねることだった。


 セバスチャンは目をぱちくりさせて、


「はて? カイルに急用とは、どのようなことでございますかな?」


 なんて訊いてきて。

 質問に質問で返されることを、全く想定していなかった私は、思わず『うっ』と詰まってしまった。



 そんなこと訊かれたって、


「『会いたいから、今すぐ戻って来て』って、お願いしてみるの」


 ……なんて、恥ずかしくって言えるワケないじゃない!



「もうっ! そんなこと訊ーてどーするのよ、セバスチャンったら!? な、内容は秘密っ! セバスチャンに教えなきゃいけない決まりなんて、どこにもないでしょっ!?」


 私はそう言い張り、教えることを断固拒否した。


 照れ臭かったから、思わず、強めに言ってしまっただけなんだけど。

 見る間にションボリしてしまったセバスチャンを見て、私は『ヤバい!』と冷や汗をかいた。



 ごめんね、セバスチャン。

 それでも、やっぱり言えないの。


 あなたのこと、信用してないワケじゃないんだよ?

 そうじゃないんだけど……どんなに悪いと思っても、これだけは言えない。


 だって、私とカイルは。

 今はまだ、『仕える者』と『仕えられる者』でしかないんだもの。


 私は一応、この国の姫って立場で。

 だから……。



 カイルに恋してるってことを、正直に打ち明けたとしても、セバスチャンだって困るだろうし。

 彼の立場上、応援するワケにも、祝福するワケにも行かないんだろうし……。


 セバスチャンに隠し事してるのは辛い。

 辛いけど……こればっかりは、気安く口にすることは出来なかった。



「仕方ありませんなぁ。では、次にカイルから書状が届いた折には、姫様にお伝えいたしましょう。その際に、カイルへの言付けを私めにお預けくだされば、確認状と共に、お送りして差し上げますぞ」


 セバスチャンの言葉に、沈んでいた私の心は、一気に浮上した。


「ホント!? ありがとう、セバスチャン。恩に着るよ!……あ、でも……『確認状』ってなぁに?」


 初めて聞く言葉のような気がしたから、一応訊ねてみる。


「確認状とは、『確かに受け取った』という、証明書のようなものでございます。騎士や騎士見習いが国を離れる際は、定期的に、現状を知らせる書状を、私めに送らねばならぬ決まりがございましてな。カイル宛ての確認状に、姫様の書状も同封させていただき、共に送って差し上げましょうと……つまりは、そういうことでございます」


「へえ~。そんな決まりがあるんだ?……って、あれ? この話、前にも聞いたことあったっけ?」


「はい。そのはずでございますが……。まあ、何かの折に、ついでのことのようにお教えしたことと、記憶してございます。お忘れになられていても、おかしくはございませんよ。どうか、お気になさらないでくださいませ、姫様」


「そ、そっか。……ごめんねセバスチャン。教えてくれてたみたいなのに、すっかり忘れちゃってて」


「いえいえ。誠に、そのようにお気になさらずとも、何ら問題ございませんよ」


 セバスチャンは優しく首を横に振り、『では、カイルからの書状が届きましたら、お知らせいたします』と言い残して、次の仕事をこなすため、部屋から出て行った。 

 私はそれを見送ると、ドサっとベッドに腰を下ろし、深々と息をつく。



 あ~……よかったぁ……。

 カイルに、手紙届けてもらえるんだ。


 じゃあ、それが向こうに届きさえすれば、彼も返事をくれるよね?


 ……フフッ。

 手紙には、なんて書こうかな?


 いっそ、ストレートに『好きです』って、書いてしまいたいけど。

 やっぱりこういうことは、直接、自分の口から伝えたいし……。


 うん。書くのは我慢しよう。

 『大事な話があるから、早く戻って来て』って、それだけにしておこう。


 カイル、戻って来てくれるかな?

 もしかしたら、『まだ修行の途中ですので』なんて言って、戻って来てくれないかも知れないな。

 彼ってば真面目だし、それも充分あり得るよね?


 だったら、どうすればいいんだろう?

 この、会いたくて会いたくて堪らない気持ちは……どうすれば落ち着かせられるの?


 ……ダメ。

 落ち着かせることなんて出来ない。


 だって、こんなにも胸が苦しい。

 カイルのことを考えるだけで、涙がにじんでしまうほど、胸が痛い。



「会いたいよ、カイル……。お願い。修行は後回しにして、早くここに戻って来て?」


 祈るようにつぶやいて。

 私はベッドに仰向けに倒れ込み、彼のことを思いながら、そっとまぶたを閉じた。

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