第5話 突然の抱擁
「リア!」
馬上から、慣れた様子で舞い降りると。
ギルは、拒む隙も与えぬ素早さで私を引き寄せ、力いっぱい抱き締めてきた。
「ギっ、ギル――?」
いきなりのことに呆然としてしまい、私は彼の腕の中、両手をだらんと下げたままの状態で固まる。
彼は、軽く痛みを感じるほどに強く、私を抱き締め……耳元で、情熱的な言葉をささやいた。
「会いたかった! 君がいない日々は、とてつもなく長く感じたよ。日ごと、夜ごとに君を想った。……別れを決めた時、これでしばらくは会えないと、覚悟を決めたはずなのに。帰路についたとたん、会いたくて堪らなくなっていた。……幾度、引き返そうとしたか知れない。引き返して、そして――いっそ、君をさらってしまおうかと思ったことも、一度や二度ではなかった。……ああ、リア。リア! やっと会えた!」
切なげな声に、胸がチクリと痛む。
こんなにも想っていてくれたのかという感動と。
それでももう、彼を選ぶことは出来ないという、心苦しさ。
ふたつの感情に押しつぶされそうになりながら、私はギュッと目をつむった。
すぐに体を離して、彼に伝えなきゃいけないのに。
気持ちが定まったことを、説明しなきゃいけないのに。
なのに……どうしよう。突き放せない。
『離して』って言葉が、どうしても口から出て来ない。
――ダメなのに。
こんなんじゃダメなのに!
ギルの胸が温かくて……切な過ぎて、どうしていいかわからないよ!
「せっ、セ、セバス様っ! ぼ――っ、……わ、私達は、あちらに――。あ、あっちの方に行っていた方が、よろしーのではないでしょーかっ?」
シリルの言葉にハッとした私は、ギルの体を思い切り押し返し、飛びのくように体を離した。
――そうだった。
シリルもセバスチャンも、側にいたんだった。
……ヤダ、もう。
一瞬、二人のことを忘れちゃってたなんて……。
私は顔を熱くしながら、すぐに周りが見えなくなってしまう自分を恥じた。
私達は今、神様の前にいる。
――神様と言っても、神様はもうここにはいないから、桜の古木の前、って言った方がいいだろうか?
昨日届いたギルからの手紙には、『これから君に会いに行く。明日の昼前までには着けると思うから、私達が初めて出会った場所――神様の前で待っていて欲しい』というようなことが書かれていた。
私はセバスチャンに事情を話し、シリルにもついて来てもらうことにして、三人揃ってここまで来たのだ。
「ああ、セバスもいたのか。――すまない。リアしか目に入らなかった。……それはそうと、そこの少年は――っと。少年、でいいのかな? まさかその格好で、少女とは言わないだろうね?」
ギルはシリルに目をやると、一瞬、戸惑ったように首をかしげた。
「はっ。この者はシリルと申しまして。先日、カイルの後任として、姫様専属の護衛に就任した者でございます」
「護衛!? この幼い少年が?……いや。見た目で判断するのは失礼だとは思うが……。この
「ご心配はごもっともではございますが、見た目や年齢では計り知れぬほどの、剣の腕前であると、報告を受けておりますゆえ……」
セバスチャンの答えに、私もうんうんとうなずきながら同意した。
「そうだよギル! 全然心配いらないってば! シリルには、いつも剣術の練習相手になってもらってるんだけど、動きも素早いし、的確なとこ突いて来るし、私なんかじゃ相手にならないくらい、すごい才能の持ち主なんだから!」
……なんて請け負ってはみたものの。
実際のところ、私だって、彼の実力を正確に把握出来てるワケじゃなかった。
でも、あのオルブライト先生が選んだんだし、お父様だって反対しなかったんだし……問題なんて、あるはずもないじゃない?(そして何より、私は彼の見た目も性格も、メチャクチャ気に入ってる!)
ここはハッキリ、大丈夫だってことを伝えておかないと。
今更、他の人と交代とか言われたって、絶対受け入れられないもん。
命じられたって、断固拒否してやるんだからっ!
ギルは私達の顔を見回しつつ、まだ少し、納得行かないような様子だったけど。
やがて、小さなため息をつくと、腕組みしながら苦笑した。
「わかったよ。リアがそこまで信頼しているのであれば、私も口を出すのはやめよう。元々、そんな権利もないしね」
私とセバスチャン、そしてたぶんシリルも、ギルの言葉にホッとし、三人で顔を見合わせた。
それからギルは、また真剣な顔に戻って。
「セバス、それから護衛の君――シリルと言ったか。二人には悪いが、しばらく、リアと二人きりにしてもらいたい。話が済んだら呼びに行くから、それまで、どこか他の場所で、待機していてくれないか?」
「は?……あの……ですがギルフォード様。この辺りは、野盗めらが潜んでいるという噂がございますし、お二人だけでは、いざという時――」
「私一人では、リアは守りきれないと言いたいのか?」
聞き捨てならないという風に、ギルの眉がぴくりと動くと、セバスチャンは慌てて首を振った。
「いっ、いいえまさかっ! ギルフォード様の剣の実力は、ルドウィン国の上位騎士にさえ引けを取らぬほどだと、聞き及んでおりますゆえ――。そのようなことは、決して!」
「ならば、何の問題があるんだ? 私がリアに、獣のごとく襲い掛かるとでも思っているのか?」
「そ――っ! そそそそのようなことっ、思うはずもございませんっ!」
ふるふるふると、目が回っちゃうんじゃないかと心配になるくらいに首を横に振り、セバスチャンはギルの疑問を否定した。
それからシリルを振り返り、
「でっ、ではシリル! 私共は失礼するのだっ!――ほらっ、さっさと向こうへ参るぞっ!」
そう言ってくるりと背を向け、私達から大慌てで離れて行った。
シリルも私達にぺこりと頭を下げてから、セバスチャンの後を追うように行ってしまって――。
こうして、神様の前には、私とギルの二人だけが残された。
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