解説(言い訳) ⑥


 閑話では昼寝して夜も寝て、ぐうたらしまくりの弁天ちゃんです。神とは……?

 夜遊び好きな水神くんが初登場しました。ペリーの頃からたまに話題には上がっていたのですが、マイペースな方のようです。フラりと出てきて弁天ちゃんの膝枕をゲットしています。だから神とは?


 実はリアルの水神の祠、龍神さまではありません。本当の御祭神は水波能売命みつはのめのみことと住吉三神(底筒之男命そこづつのおのみこと・中筒之男命・上筒之男命)の四柱。

 ですが増徳院に龍燈の楠があったもので、駒形から龍神さまが遊びにいらっしゃることにしちゃいました。完全創作です。


 そして弁天ちゃん、久しぶりに引きこもって、ふて寝していました。今度は逆に薬師ちゃんから心配されてます。気を惹こうと西洋の苺を買ってきてくれました。

 ヘビイチゴって本当に味しませんよね。チラッと書いたモミジイチゴは当時の山手の丘にたくさん自生していた木イチゴの一種です。

 西洋苺が大々的に栽培され販売されるのは明治になってからですが、試験栽培したものが元町の八百屋に並んだという記述があります。

 この八百屋、西洋野菜の畑を作ろうとする日本人にキャベツの種を売ったりしていました。イギリス商人と裏でつながる謎の八百屋です。


 そんなイギリス商人といえば、プラントハンターとして有名ですね。イギリス本国は植生に乏しいので世界各地から木も花も珍しいものを取り寄せ、もてはやしていました。

 弥助はそんな関係の依頼を受けていたのです。きっと日本人の土地でユリ根を掘る許可をもらっていたんだと思います。

 横浜の丘に咲くヤマユリの色鮮やかさに、イギリス人は大変驚いたとか。

 ユリ根の輸出が本格的に始まるのは先ですが、記録がある頃には採集地が鎌倉とか、もっと遠方になっています。試験輸出段階までで、横浜周辺のユリ根は採り尽くしたようです。



 そしてまだ鎖港だ攘夷だと揉めています。朝廷・諸藩・幕臣など各派の動きが難しすぎて、勉強する私が泣きそうです。ここでは横浜の中しか書きませんけど、世の中と港は連動しているので理解しないわけにもいかない……(そしてすぐ忘れる)。

 五品江戸廻令なんて教科書に載ってましたか? 国内での主要輸出品五種の値段高騰に対応するため、品物はまず江戸に運び市中の需要を満たすこと。残ったら港へ出荷してヨシ、だそうです。おかげで生糸商がエライ目にあいました。

 徳右衛門が名義貸ししていた福井藩のアンテナショップ石川屋。当時は生糸部門以外は越前屋となっていました。両方を差配していた金右衛門という男、またの名を岡倉覚右衛門といいます。岡倉天心の父親です。越前屋で生まれた天心生誕の地の記念碑が横浜開港記念会館に設置されています。



 さて赤隊と青隊なのですが、彼らは基本的にエリート軍人ではありません。だから問題行動もたくさんやらかします。

 フランス軍は寄せ集め外人部隊であるアフリカ軽歩兵第三大隊。しかもその懲罰部隊なのです。ということは軍規違反で矯正処分を受けた最下層兵士がほとんどで、本国からの職業軍人は一部士官だけです。

 そしてイギリス軍はまず第20連隊第2大隊分遣隊がやってきました。それでトゥエンティ山なんですね。五つの連隊が入れ替わりながら横浜に駐屯しますが、呼称はトワンテ山のままでした。

 20連隊や、その後着任した9連隊・11連隊も横浜にたどり着くまでにイギリスからの経由地でマラリヤなどの被害を出しています。1/3ぐらいの人員が病気になり、横浜で保養していた兵士も多かったとか。来浜後もコレラや赤痢が蔓延したりしましたが、幸運なことに日本で陸軍の出番はほぼなく、ゆっくりできたみたいです。

 イギリスといえば紅茶、とも思いますが、やはり憂さ晴らしにはお酒です。

 駐屯地内では売店で各種アルコールも売っていました。でもやっぱり、お店で飲みたいんですな。町のあっちこっちで酔っぱらっては暴れたり潰れたりしていたようです。日本人を死傷させた事件もあります。

 遊廓で暴力に及んだ兵士を、居合わせた客が制圧し殺してしまったことも。その時は客の方も打ち首になってしまいました。理不尽。

 憲兵の前では直立不動、というのは今も沖縄や横須賀ではありがちな光景です。というかそれをヒントに書いたシーンですが、駐屯地の見取り図にはちゃんと牢屋があります。


 可愛い小夜をからかって騒ぎになった赤隊さん。英語を使って助けに入った弥助が頼りがいを見せました。だけど又四郎といちゃつかれてしまいます。やや傷心の弥助。

 ですが失恋よりも、初恋がバレている人と出くわす方が嫌なのではないでしょうか。神仏カミングアウトを検討せずに、今後は会わないよう避けてやった方が親切ですよ、弁天ちゃん。

 それにしても最初は村人の動向を表現するためだけに出した弥助くん、キャラクターとしても人間としても成長しました。こんなに出演してくれて私が驚いています。



 当作を読んで横浜・元町あたりの地図を確認してみた、なんて方はいらっしゃるでしょうか。そんな奇特な方に註釈を。

 作中では古地図に依って古い地名を使っています。「宮脇坂」として歩いているのが今の「見尻坂」だったり。「箕輪坂」と二章からたびたび出ていたのは「代官坂」のことです。

 ちなみに谷戸橋の位置が今より下流にズレています。隣の前田橋だって架橋当時は元町橋だったという説も。ホントわからないから勘弁して。


 そして最後に見下ろした谷戸坂からの眺めがこんな感じです↓

https://kakuyomu.jp/users/yamadatori/news/16818093080849010616



 * * *


 さて、世は慶応に入ります。

 異文化との共存共栄を選び進む、横濱の町。国内の勢力図も変化し、各国もどこと結びつくか難しい局面を迎えます。

 だけど個々の商人は好き勝手していて、伝記を読むだけで小説より面白いんですけど。どうすればいいんでしょう。


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