解説(言い訳) ⑤
生麦事件以降いろいろなものが吹き出してきて、横浜も翻弄されます。
幕府・諸藩・朝廷は、再び鎖国に戻るか否かで揺れ動き。攘夷事件の後始末などもあり西洋諸国との交渉がドン詰まります。
各国だってそれぞれ他に戦争していたり、植民地経営でも苦労が絶えません。アジア政策もわりと転換期です。そのうえ本国と公使がすれ違っていたりも。この時代、まだ電信が通じていなくて情報にタイムラグがありました。日英間を書簡でやり取りすると往復四ヶ月かかったのだとか。たいへんだ。
ええと、順に参りましょう。
まず閑話です。1862年の内に考案され提供されていたと言われる、牛鍋。牛すき焼き鍋の元祖ですね。
店の半分しか牛鍋屋にできなかった伊勢熊。外国商人から臓物も含めて安く仕入れ、串に刺して煮たんだとか。そんな妙な食べ物に賭けたくない奥さんの気持ちもわかる……何事も先駆けって大変ですね。
でも元々、牛や馬は農耕に役立つので食べられていなかっただけ。イノシシやウサギなら(特に山間部では)食べるのが当たり前だったのではないでしょうか。都市部でも〈ももんじ屋〉なんて呼ばれて獣肉料理自体は存在していました。
ゲテモノ食いと思われながらも、肉食は次第に日本人の間にも根付いていきます。それは軍事的なところから。西洋人との体格差をなんとかしたい政府主導で栄養があると宣伝されたそうです。
神道では肉食を禁じていないので、神としての弁天ちゃんは挑戦でき……ますよね? 食べさせてあげたいものです。でも薬師ちゃんは同行できないのでしょうか。
この章では架空の庶民たちが元町住民として頑張っていました。小夜、又四郎、フミという一家の登場です。
名前だけ出ていた幼なじみの小夜ちゃん、会ってみれば元気な娘さんでした。あっけらかんと明るく働いています。
祖母のフミさんなんて人とも再会しました。五十年前に話して以来。弁天ちゃんは元来そんなに村の内を散歩しまくるわけでもなく、村人と親しく交わってもいなかったのです。生活を遠巻きに見守っていただけ。ふと気が向いて話し掛けたことがある少女がフミでした。
弁天ちゃんが作中のようにマメになったのは、異国の文物が入ってきて楽しくなっちゃったからです。〈神仏の 昼寝も醒ます 蒸気船〉というわけです。
小夜の夫の又四郎はなかなかいい根性しています。夫婦二人なら怖いものナシ。避難指示にも従わないとか、現代なら傍迷惑ですね。
隣の根岸村の漁師出身で船頭に就職したという設定ですが、実際にそういう人が大勢いました。
開港後の横浜には港湾労働者がたくさん集まりましたが、中でも舟を操れる人材は漁業者からの転換で確保されたそうです。荷揚げ業者の中でも専門職ですから、給料はそこそこ良かったかもしれません。
そして一年前に麻疹とコレラで家族を亡くしたキセも、洗濯婦として働いていました。都市化すると何だかんだ仕事がうまれ、片隅で生き延びることもできます。それが幸せなのかはわかりませんが。
さてそして、実は江戸時代にも外国軍の国内進駐があった、というお話です。
さすがの弁天ちゃんも、異国の軍隊が家の裏にやって来るとなると真面目になってしまいましたよ。戦は嫌ですからね……。
居留地襲撃の噂は攘夷思想からだけではなかったようです。貿易で栄える横浜に物価高騰の原因を重ねた民衆の感情が裏にあったのだとか。横浜、憎まれてたんだナ。
でも横浜町民も、疎開しろとか戻れとか振り回されて大混乱でした。町をたばねる立場の石川徳右衛門や名主の半右衛門はやきもきしたでしょう。増徳院も居留地とは関わりの深い寺ですので、事あらば危険だったかもしれません。
居留地のとばっちりで襲われるとなれば、住民が家財道具を担いで逃げるのも当然です。その結果、居留民の生活にも影響はあったので、攘夷派の皆さんも少しは溜飲が下がり……ませんよね。
そのような背景もあり、居留地防衛名目で英仏軍が横浜に駐屯することになりました。
事態が悪化すればそこを兵站基地として江戸・京都をはじめ各地を攻撃、占領につなげることも駐留軍的に視野に入っていたはずです。結果そうならなかったのは、皆さんご存知の通りですが。
イギリス本国はそこまでは考えていなかったようで、上海駐留軍から横浜への人員派遣申請すら却下されたりしたそうです。ま、そんな相手方の内情を日本側はわかっていないので疑心暗鬼。
丘の上の駐屯地というのが、現在の港の見える丘公園の一帯です。江戸湾の船の出入りが一望できますから、戦略的にも良い拠点ではないでしょうか。
* * *
この英仏軍駐屯をきっかけに、横浜の変化は加速します。
弁天ちゃんは一歩引いたところから眺めているしかありません。人間の皆さん頑張って下さい!
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