第14話「黒に逃げるとか言わないで」

「とんとん拍子に決まりすぎじゃない?」


 サムネさんとのオフ会について疑念を抱いたのは、意外にももくずだった。

 こういう時、善は急げって言うものね! なんてポジティブシンキングをするのが汐見もくずというVtuberなのだから。


「珍しいな、そんなこと言うの」

「いやねぇ……だってさ~。スムーズすぎるのも怖くない?」

「僕もそう思うけどね」


 上手い話には裏があると言うように、今回のオフ会で何かとんでもないことに巻き込まれる可能性も否めない。

 サムネさんを疑いたいわけではない。仮にも、もくずの現役時代にメッセージアプリ内で語り合った仲だ。同志と言って差し支えない関係であろう。けれども、過度に心配をする必要はあるのがインターネットの世界だ。


「〈サムネさん〉がどんな人か知ってる?」

「サムネイルづくりがすっごく上手!」

「それは知ってるけどさ……なんかこう、年齢とか性別とか分からない?」

「えー……分かんないな~ずっとDMでしかやりとりしてなかったし」

「男性っぽいとか女性っぽいとか、そういう雰囲気はあった?」


 メッセージのやり取りをしていた僕にも分からないが一縷の望みを抱き、もくずに尋ねる。しかし、期待もむなしく、もくずは首を横に振った。


「それは分かんないけど、結構若いと思うな~」

「ほう、そう考える理由は?」

「え~勘かな!」


 パチンッと星のエフェクトが付きそうなくらい綺麗なウインクを決める。そうそう、汐見もくずはこうでなくちゃ!……じゃあ、なくって。


「可愛さで押し切ろうとするな」

「あれ、目代くん。ちょっとだけ辛辣になってない?」

「いやいや、まさか。推しのこと貶すわけないだろ」

「本当かなぁ?」


 訝しげな瞳を向けるもくずを余所に、僕は検索ページを開く。

 ちゃんとしたオフ会になる保証はない。とりあえず人気のない路地や危ない店がないかだけ調べておこう。



 ###



〈右向けサムネ〉さんとのオフ会当日。

 僕は約束の十五分前に上野駅に到着していた。



――――――――――――――――――――


 黒いパーカーに黒いズボンを履いています。


――――――――――――――――――――



 簡潔なDMを送り、公園改札口を出てすぐのベンチに腰掛けることにした。

 僕と同じように待ち合わせをする人が老若男女問わず大勢いて、無事に合流出来るか少々不安になる。


「黒づくめの男と待ち合わせとか……警戒されちゃうかもねぇ」

「男だって伝えてないけど」

「人間って服装に困ったら黒色に逃げるんでしょ? ネットで見たよ」

「多方面が傷つきそうなことを言うのはやめてくれ」


 良いじゃん黒色、シンプルでカッコいいじゃん。センスがない人でもそれなりに見せてくれる万能色じゃん。

 僕の脳内言い訳を遮るように、スマホに通知が届いた。



――――――――――――――――――――


 今改札を出ました。

 白いインナーの上に柄シャツ羽織ってます。ズボンは黒です。


――――――――――――――――――――



 どうやらサムネさんも上野駅に到着したようだ。視線を手元から上げて辺りを見回す。

 残念ながら、それらしき男性の姿は見受けられない。

 え、もしかしてブッチされた?

 白インナー、柄シャツ、黒ズボン……頭の中で復唱しながら、もう一度辺りを見渡す。


「ん……もしかしてあの人か?」


 すぐに断定出来なかったのは僕が思い描いていた人物像とはかけ離れていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る