第11話「押しとどめろ、煩悩」

 重々しい沈黙を打ち破ったのは、お転婆人魚の声だった。


「お~怖ッ! あんな顔しなくても良いのにねぇ」

「……自分のことだぞ」

「私はあんな怖い顔しませ~ん」


 スマホの中でふよふよと浮いていた。デスクトップにスマホにって、なんでもアリだな。

 まあ、いまはそんなことよりだ。


「悩んでるってレベルじゃないだろ。めちゃくちゃ怒ってんじゃん」

「好きの反対は無関心って言うでしょ? まだまだ挽回の余地はあるよ!」

「なんでそんなにポジティブなんだ……」

「それが私のチャームポイントだよ」

「まぁ、そうだけどさぁ……」


 天谷さんもチャームポイントを引き継いでたっていいだろう。むしろ元々の人物なんだから。


「配信中はあんなに素直で可愛いのに……」


 残っているアーカイブを開き、心を癒す。


「へ~、目代くんてこういうのが好きなんだ~」

「だから何だよ。好きだってこと、もくずだって知ってるだろ?」

「知ってるよ、でもねぇ」

「その何か言いたげなのなんだよ」

「え、いや~別にぃ?」


 ニマニマと悪戯っぽく笑う。そんな顔も可愛いが、居心地の悪さの方が勝っていた。


「私のこういうところが好きなんだねぇ」


 他にも見ーして。そう言って、徐に僕の〈切り抜きたくて〉チャンネルを開き、適当な動画を再生する。


「ふーん、ほうほう……え、こんな切り抜きも⁉」

「変な反応やめろ! 全部配信してただろ!」

「こんな風にじっくり見られてるんだと思うとねぇ」


 元気いっぱいの過去のもくずを見て、思うところがあった。そして、それが口から零れ落ちた。


「本当に戻りたいと思ってるのかな」

「だいじょぶだいじょぶ、私を信じてよ~」

「本当か? 今のところ配信を復活させたい気を微塵も感じないんだが」

「ガワと魂は一心同体! 汐里もⅤに戻りたいって思ってるよ」

「今のとこ一心異体だけどな」

「揚げ足取りしないの!」

「もくずって足あるの?」

「あるよ⁉ 知らなかったの?」

「キービジュアルにはあったけど、配信じゃ一度も見せてないぞ」

「あれ、そうだっけ? それなら特別に見せてあげよう。ほら、立派な足が二本生えてるでしょう」


 すらりと伸びた足を包む紺色のニーハイソックスには金色の鱗。何重にも重なったフリルの下には布が真珠で束ねられていて魚の尾を模していた。人魚らしく洗礼された素晴らしきデザインだ。これを見せたことがないんなんてもったいない。

 そして一番素晴らしいのは絶対領域。

 うりうりと見せてくるが、なんとも煽情的だ。


「……本当だ」

「あれ目代くん、顔赤くな~い?」

「気のせいだ」


 男は絶対領域に弱い生き物なのだ。それがいつもは見えない部分だと特に効果は絶

大だ。視線が釘付けになって少しも逸らすことが出来ない。


「ねぇ、ちょっと見過ぎじゃない……?」


 そう言われても、視線は一ミリたりとも動かない。


「……目代くんのえっち」


 赤面するもくずを見て、僕はようやく目を逸らせた。

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