第10話「背筋も凍るような女の子」

 次の日、僕は勢いのまま天谷さんに話しかけた。

幸いなことに天谷さんは放課後教室に残って本を読んでいたから、周りの好奇の目がなくて助かる。


「ねえ、天谷さん」

「……」

「あの、話したいことがあるんだけど」

「…………」

「この後、少し時間あったりする?」


 天谷さんは「はぁ」っと分かりやすすぎるくらいに大きなため息をついた。

 どうしよう、もう怖い。泣きそう。


「いきなり、何? 昨日のことなら気にしてないから」


 オホーツク海を切り取ってきたような声だった。澄みきっていて、それでいて背筋まで凍り付くような清廉されたものだった。

 汐見もくずの声だと認識出来ないくらいの刺々しさをはらんだ攻撃的な態度は、僕の心を的確に突き刺していった。

 反応がない僕を一瞥すると椅子から立ち上がり、教室から出て行こうとする。距離が空いた後姿を認識して、ようやく僕の口が仕事をし始める。


「ちょっと待って!」

「用事でもあるの?」


 鋭い視線と言葉が僕の心を打ち砕く。しかし、めげてられないのだ。僕には全うすべき使命があるのだ。

 なんとか引き留めるために、口を開いた。


「は、話しがしたくて」

「話? あたしと?」

「そう、クラスメイトだし交流を持ちたいなって」

「昨日『興味ない』って言った相手と?」


 的確にボディーブローを決めてくる発言だ。こればかりは僕に非しかない。


「た、確かにそう言ったけれど、やっぱり撤回したくて」

「あたしは誰とも話したくないの」


 キッ、と鋭い視線で差してくる。何か言わなきゃと思って、ぐるぐると頭の中をかき混ぜて言葉を探した。

 そして、その内容をよく考えないまま口から吐き出してしまった。


「配信止めたことと関係あったりする?」


 それは一番最悪の選択肢で、言ってはいけないことだった。そのことに気が付いたのは、天谷さんの顔を見てからだった。


「どこで知ったの?」

「えっと、その……」


 もくずが僕の元に来ているなんて絶対に言えない。もくずにそう頼まれたのもあるが、そもそも信じてもらえないだろう。

 だんまりの僕に、天谷さんはきつい言葉で追撃をする。


「身バレネタでゆすろうとでも思ったの?」

「いや、そんなこと考えてすら……」


 弁明したところで無意味なことくらい分かってる。でも、本当に僕はそんなことを微塵も考えていないのだ。でも、天谷さんからしたら、そんなこと知ったこっちゃあないだろう。


「何? あたしの平穏を壊すの? 二度と話しかけないで」


 キッとに睨みをきかせ、教室から出て行く。追いかけたところで、どうしたら良いのか分からなくて、僕は立ち尽くしてしまった。

 現実の人魚姫は静寂と僕を残して消えてしまった。

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