【幕間】気になる男性(ヒト)

「…でありますから、この問題を解決するために…」

 教科書に目を向けながら、行列計算式をスラスラと黒板へ書き込んでいく30代の男性教諭。

 今年から、私達『生成系AI学科』の講師として工業高校の数学科から転勤されてきた。


『数学C』の授業は意味不明な公式や、呪文のような数値の枠が踊る難解な世界が広がっています。

 しかし、先生の授業を受けると『魔法』にかかったように、みんな『数学C』が上手になった気になります。

 実際、中間考査の時にも、試験問題が決して簡単なものではなかったにも関わらず、私達のクラス平均点は70点台をマークし、他の先生方からも不思議がられました。


「いやぁ~、君達が優秀な生徒さんで、僕も有り難いよ。」

 そう言って笑うくだんの先生だけど…実は私達が優秀なだけではないのです。

 みんなが先生のファンなのです。


 もとより、ここは『女子高等学校』であり、同年代は勿論、年頃の男性だって入場を許されない『乙女の花園』なのです。

 そんな所に、30代の男性教諭がやって来る…もうそれだけで、関心が集まるのは必定。

 それに彼は過日、私を痴漢の魔手から救い出して下さった、白馬の王子様なのです。


 その事を街の教育委員長であるパパに話したところ

「そうか…であれば…」

 というわけでもないのですが、はれて私の高校の先生になりました!

 勿論、彼の名前から住所、勤務先までちゃ~んと調べてましたよ。

 ストーキングって、ドッキドキですね。


 閑話休題

 そんな彼を、街の外れにある小川で見かけました、それも日が沈んだ頃に。

 底の浅い15cm四方の段ボール箱を持ち、小川の方へ歩んでいく先生。


 小川のたもとで段ボール箱を置き、持参したローソクや線香に火を灯して行きます。

 ローソクの光に照らし出された箱の中には、桃や梨など季節の果物を始め、お菓子の袋や落雁も見えます。

 ズボンの裾を膝まで持ち上げると小川に踏み入っている先生。


「先生!!」

 思わず叫び、彼の方へ駆け出そうとしますが、私と彼の間には幹線道路が走っており、声も届かなければ、駆け寄ることもままなりません。


 ふと頭を過ぎるのは『新盆 (7月盆)の精霊流し』の逸話です。

 この街では、あまり見かけることの無くなった風景…。

「先生…古風な方なんですね。」

 彼の所作に、私は益々惹かれていくのでした。

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