第38話 決別

 それからはほとんど接触がないまま二日を過ごした。

 翌日にはベッカー達とも別れることになるのであと一日、と思ったのだが。


「世話になっているセルジオが人間を雇って損をするのが忍びなくてね。私が実際に試してやろうじゃないか」

「すっこんでろ」


 あ、いけね。つい本音が出た。


「ま、まぁまぁ。そう仰らずに。アキラさんを疑うわけではありませんが、実際に実力が見れれば安心して送り出せるというものです。ここは私のためにもぜひ手合わせをお願いできませんかね?」


 間を取り持とうとするセルジオはどうにも困った表情をしていた。


 依頼達成はドロップアイテムをギルドに提出後、ギルド側の人間が確認に赴くという作業を挟む。失敗しても特に損はしないはずだが、おそらくはベッカーに押し切られたんだろうな。


「……ルールは?」

「殺害禁止以外は特になし。降参するか、気絶したら負けで良いだろう。安心したまえ。多少お灸をすえる程度だから完治に時間がかかるような大怪我を負わせるつもりはない」

「そりゃどうも——シッ!」

「ガッ!? き、貴様……!」

「何キレてんだよ。不意打ち禁止なんてルールはないんだろ?」

「……良いだろう! 躾のなってないガキに身の程を教えてやる! 笑いナメクジラフスラッグ!」


 べちょっ、と水っぽい音が響いてスーツケースほどもあるナメクジが召喚された。

 この状態でぶちのめして形見石にしてやってもいいんだが、さすがにこの後の旅程に支障が出そうなので、装填ジャンクション後にベッカーをぼこぼこにすることで我慢してやろうと思う。


「はははっ、声も出ないか? おおかた、親か何かの形見石を引き継いで召喚獣のランクだけは高いってとこだろ。ここは”本物”ってやつの強さを——」

「ラビ、装填ジャンクション


 ゴチャゴチャうるさくて限界だったので、走り込むと同時に鉄板入りブーツで思い切り蹴り抜いた。


 ッパァァァァンっ!


 破裂音とともに飛沫があがり、ナメクジが形見石に変わる。


「ゴチャゴチャうるせぇよ。やるならさっさとかかってこい」

「会話中の不意打ちに装填前の攻撃……どこまでも性根が腐った奴だ!」

苦情クレームはあの世で言ってろ」

「C級の僕が一体だけだと思うなよ!? 切り裂きカマキリリッパーマンティス、召喚! ……装填っ!」

「驚いた。アンタにも学習能力があるんだな」

「減らず口を……!」


 切り裂きカマキリリッパーパンティスのスキルである風属性の真空の刃がベッカーの両腕から放たれる。

 どう考えても俺の首を落とすつもりの軌道だったのでラビの斬撃で弾く。ブレード・ラビットに斬撃を飛ばす力はないが、両耳のブレードはそのまま武器になるほどの鋭さがあるのだ。


 耳障りな金属音が響き、真空刃が掻き消えた。


「……殺しは無しなんじゃないのか?」

「僕を散々馬鹿にした罰を受けてもらわないとね……生きてるんじゃないか?」


 ちらりとセルジオに目を向けると、真っ青な顔をしていた。

 おそらくは簡単な手合わせ程度で、殺し合いになるとは思っていなかったのだろう。

 依頼主に迷惑を掛けるのは本意ではないが、戦うことを許したのもセルジオなので自業自得ということにしよう。


「切り裂きカマキリはC級でも上位! ギリギリC級に入っている程度のブレード・ラビット如きで敵うと思うなよ!」


 勝った気でいるのか、歯を剥いて笑うベッカーだがコイツは根本的に勘違いをしている。

 

 確かにブレード・ラビットはC級では弱いとされるが、それは下位のキック・ラビットで散々練習しているからだ。

 森の深部にしかいない切り裂きカマキリと違って倒すためのノウハウが蓄積されているだけの話なのだ。


 真空刃を飛ばしながら突撃してくるベッカー。

 身を低くしてそれらを躱しながら、膝のバネを溜める。


 ダンッッッ!


 弾かれるように飛び出せば、一瞬で間合いが詰まる。ベッカーの脇を走り抜けるようにして拳を振るえば、ベッカーの服が裂け、血が滲んだ。

 ブレード・ラビットは速度重視の狩りをする。それに倣って手数で稼ぐ。


「ガッ?! き、貴様! くそっ! 避けるなァ!」


 対する切り裂きカマキリは真空刃で獲物を追い詰め、飛び込んできたところで決めるカウンター型だ。

 自分の召喚獣なのに特性も理解せずに戦うからこうなるんだよ。


 五分も立たないうちにベッカーは傷だらけの血まみれになった。


「もう充分だろ」

「なっ、舐めるなクソガキぃ!」


 装填を解除して背を向けた俺に、ベッカーがとびかかる。

 しかしその拳は真空刃を出すことなく、ただ空を切った。そのままバランスを崩してベッカーが倒れ込む。


「な、なんだ……? 身体が……!」


 教えるつもりはないが、スラぼうの毒だ。

 俺の懐にいたスラぼうは服の下を通って手首付近に身体を伸ばしていた。

 攻撃の度に傷口から毒を直接送り込めば、それほど強い毒でなくともああなるってわけだ。

 だからって言ったんだよ。


「……予定より少し早いが、俺はここで別れる」

「そ、そうですか」


 くだらない茶番に巻き込んだセルジオを睨みながら宣言すれば、特に異論なく離脱を許される。

 ついでにリファとジータにも視線を向ける。


「ひっ」

「ッ!」


 二人そろって俺に怯えていた。


「ぼうっとしてていいのか。は半日くらいは動けないぞ」


 俺の言葉に弾かれるようにして二人はベッカーへと駆け寄った。


 ……ほらな。


 半日も動けない状態のベッカーから逃げ出せないはずがない。ここで駆け寄るってことは、他のが見つかるまでは寄生を続行するつもりなんだろうな。


 反吐が出るが、俺には関係のないことだ。


「世話になった。依頼達成はギルドで確認してくれ」


 モンスターがいるという山の麓を目指して、静かに歩き出した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る