第37話 深まる亀裂
目的の場所は6日ほど馬車に揺られて、そこから一日ほど歩けば着く程度の道のりだ。もどかしいがこの世界では馬車以上の移動手段は召喚獣のみなので、スラぼうとラビしかいない俺には他に選べる手段がないのだ。
「馬とか、大鷲とかも良いな……」
移動手段にもなり得る召喚獣を夢想しながら馬車に揺られているうちは良かった。
五台が隊列を組む隊商では、ベッカー一行が一番前の馬車で俺は一番後ろの馬車だったから。
多少はモンスターなんかに襲われることもあったみたいだが、ベッカーの仕事なので放置。俺は馬車の中でひたすら訓練をしていた。
腰に提げた銃器は簡単に人を殺せるが、ホルスターに収まっている間は普通の人間と大差ない。
召喚士もモンスターがいないうちは同様だ。
さしずめ召喚はホルスターから銃を抜く行為で、装填は弾を込めて撃鉄をあげる動作、といったところだろう。
俺が練習しているのは言わば早撃ちだ。
召喚から装填までをいかにスムーズに熟せるか。どれだけ時間のロスを減らせるか。
スラぼう達には悪いが、召喚と装填、そして解除を延々と繰り返していた。
「ブラストさんは簡単にやって見せたんだけどなぁ……」
異世界で最初に出会った召喚士、ブラストさんは幸か不幸かかなりの上位者だった。そこでみっちり基礎を叩き込まれたこともあって俺もかなり強くなれた気もするが、まだまだ追いつける気がしなかった。
ちなみに俺が一緒に受けた野盗のねぐらは五日目辺りで違うルートへと逸れたところでたどり着く。モンスターを倒した帰りにでも寄れば十分だろうと踏んでいた。
食事も別々にしていたので特に揉めることもなく夜になった。途中、二回ほど最後尾の馬車を狙ったモンスターの襲撃があったが、スラぼうの毒で動けなくしてからラビを装填しての一撃で問題なく粉砕できた。
ただ、俺がモンスターを軽々と倒してしまったのが良くなかったのだろう。
後は寝るだけ、という段になってから俺と積荷しかない馬車に来客があった。
「失礼しますね」
「アンタは……ベッカーの」
「リファです」
ビキニアーマーの女だ。口元に小さな痣を作ったリファは当たり前のように俺のいる馬車に乗り込んだ。
「スラぼう、ラビ、召喚――何のつもりだ?」
「に、二体も同時に……!」
俺の問いかけを無視したビキニアーマー――リファは目を輝かせ、俺に頭をさげた。
「わ、私を雇ってください。雑用でも前衛でも……何でもします!」
「アンタはベッカーの前衛じゃないのか?」
「確かにベッカー様が雇用主ですが……嫌がる私を毎晩のように無理やり……それにとっても乱暴で……!」
口元の痣は行為の最中に興奮したベッカーに殴られたものだと言う。ちなみにもう一人の女――ジータがベッカーの本命で、リファが殴られながら乱暴されているのを笑ってみているだけなんだとか。
「助けてください……もう限界なんです! それに、アキラ様みたいな方がタイプなんです……もしお望みならそっちのご奉仕もしますから。こう見えても上手なんですよ?」
言いながらビキニアーマーのストラップをずらし、乳房を強調するリファ。
性暴力に怯えて切羽詰まってる人間が助けを求めたその場で誘惑なんぞするもんかね?
少なくとも、自信ありげな視線で俺を伺う姿は助けを欲しているようには見えなかった。
「間に合ってる」
「助けてくださいよ! 戻ったらきっともっと酷いことをされます!」
「じゃあ戻らず街まで逃げろよ」
「……フン! アンタみたいな乳臭いガキ相手に本気になるわけないでしょ!」
捨て台詞のようなものを残して去っていったリファに、何なんだよ、と一人ごちる。
復讐でもされると困るので見張り代わりにラビを召喚した。何かあったら起こして、と命じて横になってから数時間。
夜明けも近くなった頃に俺は肉球付きの前脚で起こされた。
物音を立てないように外を伺えば、そこにいるのはリファではなくもう一人の取り巻きであるジータだった。ただしトレードマークの服は脱げかけている。
「助けてください」
「ベッカーに暴力を振るわれたり乱暴されたのか?」
「ッ!? そ、そうです……ベッカーのお気に入りのリファは見てるだけで助けてくれないし……もう限界なんです」
なんとなくだがこいつの……否、こいつらの考えが読めた気がする。
「それに……アキラ様をみていると何だか不思議な気持ちになって……命じてくださればどんなことでもしますから、おそばに置いてもらえませんか?」
ベッカーが本当にそういうことが好きなのか、それとも騙されただけの阿呆なのかは知らない。
だが、リファとジータはおそらく召喚士にタカる寄生虫だ。
可哀想な身の上話と身体を使って篭絡し、有力な召喚士の元で甘い汁をすすろうとしているのだろう。そうでなければ助けを求めるだけなのにすぐさま自分を売り込んだり、誘惑してくるはずがない。
「間に合ってる。召喚士の横暴に困っているなら走って街までいって、ギルドに助けを求めろよ」
「ギルドはベッカー様を特別扱いしています!」
するか馬鹿。
Cランクはある程度優遇することはあるだろうが、Cくらいなら他にもいる。特別扱いまでしてしまうとそいつらと揉めることになる。
ましてや召喚士全体のイメージまで落ちるような犯罪を見逃してしまえば、長期的なマイナスは首の一つや二つじゃ利かないほどに大きくなるのだ。
「それじゃ、別の街にいけ。別の方向に逃げるのを見たって伝えておいてやる」
「……ッ! クソガキ! 女の扱いもまともに出来ない童貞なんてこっちからお断りよ!」
気分を害したジータが俺を睨んで去っていった。
もう良いとか言える時点で切羽詰まってるわけでもなんでもないんだろうな。
……乳臭いガキに童貞か……。
『ダンジョン工事団』の皆を助けるために異世界に来たんだ。
別にモテなくても良い。
……童貞か…………。
独りで丸くなって再び眠りについた。
問題が起きたのは朝だ。
「起きろ色欲魔!」
どんっ、と強烈な衝撃を受けて目を覚ました俺が外をみれば、そこにはブチ切れた状態のベッカーがいた。
「女性の寝込みを力づくで襲おうとするなんて召喚士の風上にも置けんっ! ここでその性根を叩き直してやるっ!」
ベッカーの背後には、ニヤニヤと笑うリファとジータ。
なるほど。俺が跳ね退けたから、都合の悪いことを言われる前にベッカーに泣きついて同情を買ったってところか。
「……俺は何もしていない」
「嘘をつくな! リファを襲おうとして、失敗して今度はジータを狙ったのだろう!」
「証拠はあるのか?」
「二人がそう証言している!」
鬱陶しいなコイツ。
騙されてるだけなら穏便に解決してやろうと思ったが、高圧的に出られてまで付き合ってやる必要はない。
どうせ俺は乳臭い童貞だしな。
「で? 俺は証拠って言ったんだ。二人が俺を陥れようとしてるだけだ」
「彼女らはそんなことはしない!」
「俺だって襲ったりはしない」
「どうだかな! お前は平気でCランクだと嘘を——」
「俺の性格とかそういう主観的な話はしてない」
目の前でスラぼうとラビを召喚してやる。
「Cランクの召喚獣を二体連れてるんだ。俺が襲ったら二人とも無事じゃすまない」
「なっ……!?」
「襲われた二人は事後だったのか? それとも二人そろって『運よく』『偶然にも』『服も無事なまま』『怪我一つせず』『逃げられた』っていうのか?」
「ぐっ……!」
「分かったら仕事に戻れよ。俺も仕事に専念する。お互い不干渉でいこう」
一触即発の雰囲気だったが、実際に俺が連れているモンスターがC級であることを見たからか、ベッカーは俺を睨みながらも引き下がった。
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