第26話 間一髪
「そろそろ諦めねぇか? 善戦したと思うぜ。いや本当に。俺の女にするだけじゃなくてD班に入れてやってもいい」
傲岸不遜な物言いの
切り裂かれた服。
血が滲む傷。
荒い呼吸。
魔道具のナイフによって風が吹くだけでも全身が痛みに苛まれる状態のアーシャはしかし、それでも折れていなかった。
「私がリーダーなら考えてあげる。アンタは即座にクビにするわ」
「……ホント、殺すのが惜しくなってくるくらいいい女だ。進藤の情報を寄こせばお前を見逃してやっても良いぞ?」
「……なんでそこまでアキラにこだわるの?」
「カスジョブのゴミが
「アキラは強いわ。……おそらくアンタよりね」
「アイツは入学前、クソ雑魚召喚士として荷物持ちをしてたんだぜ。本当に強いならスカウトしてやるよ」
「アキラはきっとスカウトなんて蹴ってF班のまま駆け上がるわ」
「いやそっちじゃねぇよ」
「……?」
てっきり班のことだと思っていたアーシャが眉間にしわを寄せるが、特に答えるつもりはないらしい。
迷宮高専で成績に加味されるのは個人での成績と、班の順位の二つだけだ。
(……卒業後に自分でパーティでも組むのかしら)
五年制の迷宮高専なので、卒業するつもりならば誉田はあと一年以上ある。
違和感は残るが、他に思い浮かぶものはなかった。
「で? アキラの情報は?」
「さぁ。ストーカーなんだし自分で調べれば?」
アーシャが挑発すると同時、太ももが裂けた。
それまでとは違い、明確に血が
「くぅぅぅっ!?」
「いつまでも手加減してもらえると思うなよ。俺をストーカー扱いするんじゃねぇ」
「じゃあ出て来なさいよ」
「安い挑発だが良いぜ」
言葉と同時、アーシャの目の前に誉田が現れた。
ナイフは片方だけが手にあり、空いた手でアーシャの胸ぐらをつかむ。
「ぐぐっ……!」
「どうした? 姿さえ見えりゃ戦えるとでも思ったのか? お前はすでに全身の神経が剥きだしになってんのと大して変わらねぇ状態だぞ?」
ボッッッ!
誉田の頭を燃やす位置で炎が弾ける。
が、予期していたのか誉田は首をかしげるように避けていた。
スキルを発動させるだけでも相当な負荷がかかるのか、アーシャは歯を食いしばり、全身を汗で濡らして激痛に耐えていた。
「もう一度命令してやる。アキラのことを喋れ」
「………………」
ナイフのナックルガードでアーシャの頬を殴りつける。
それまでは意図的に避けられていたアーシャの頬に衝撃が走る。
魔道具で増幅された痛みが駆け抜けた。
「女としての価値がなくなれば俺は容赦なく殺す。ちょっと見た目が良いからっていつまでも手加減してもらえると思うな」
「……あ、アキラ、は」
アーシャがうわ言のように喋り始め、誉田はにんまりと笑った。アーシャを苛んでいるであろう苦痛は、すでに誉田が想像できるレベルを超えていた。
ここまで傷をつけられてなお折れていない人間を見たことがなかったのだ。
殴った衝撃でショック死する可能性すらあったが、意識が混濁しているのか心が折れたのか、どちらにしろ己の思い通りになった、と誉田がほくそ笑む。
「アキラは…………私より強くて、優しい……アンタなんかじゃ、比べ物にもならないくらい良い男よ」
「……死ねブス」
期待を裏切られた誉田がアーシャの首を掻き斬ろうとナイフを振るう。
しかし誉田が感じた手ごたえは柔らかな乙女の肌を引き裂くものではなく、硬い金属に弾かれるような衝撃だった。
***
……なんでこんなにモンスターがいねぇんだ?
俺が特訓しようと思っていたのは14層だ。未探索だったので戦うついでに階段を探せばいいだろうと思っていた。
だが、モンスターに出会う前に運悪く15層への階段を見つけてしまった。
マップを埋めながら階段探しをする予定だったが、まさか最初の分岐で当たりを引くとは思わなかった。
「イケ、る……よ? ホント、だよ? 疑ってる? ねっ、疑って……る?」
過保護に扱われるのが嫌なのか、ヤイロにめちゃくちゃ圧をかけられたのでソッコーで15層に向かうことになった。
だが、モンスターがいない。
「ヤイロ。15層って普段からこんなにモンスターが少ないのか?」
「そ、そんなこと、ない……わっ、私の、実力、ビビッて……?」
何を勘違いしたのか、唐突にシャドーボクシングを始めながらイキりだす。ちなみに全然強そうじゃない。
そもそも一度も戦ってないのに何にビビるんだよ。
そんな風にして15層の探索を行っていたのだが、問題は探索禁止区域に入った少し後だ。
……いや探索禁止区域ならむしろ特訓中に誰かに見られたりしないだろうし、手つかずのモンスターがいるかもって思うじゃん。
ところが、モンスターはまったく見当たらず、代わりに奥から人の声が聞こえた。
「こんなところに人が?」
「いく……? 様子、見、とか……」
揉めているような雰囲気のそれに近づいたところで、信じられないものが目に飛び込んできた。
見知らぬ男に胸ぐらをつかまれ、ぼろぼろになったアーシャの姿だった。
「アキラは…………私より強くて、優しい……アンタなんかじゃ、比べ物にもならないくらい良い男よ」
「……死ねブス」
男の殺気が膨れ上がるのを感じ、俺は迷うことなく全力を出すことを決めた。
「スラぼう、ラビ、アレックス、三重装填、脚!」
脚部だけに装填を集中させ、砲弾みたいな速度で飛び出した。
鉄板入りのブーツで男が振るうナイフを蹴りながら、ぐったりしたアーシャをもぎ取る。両手で抱えるとそのまま飛び退き、すぐさま装填を解除した。
両脚はフルマラソン直後みたいな重さとだるさ、そして鈍い痛みに襲われているがまだまだ動ける。
腕の中のアーシャは酷い有様だった。深くはないものの全身が傷だらけで、ぼろぼろの制服は滲んだ血を吸ってボロ布のようになっていた。
汗でぐっしょりと滲んだ身体に毒でも使われたか、と連想したもののスラぼうは毒を認識しなかった。
「アーシャ、大丈夫か? 何があった?」
「…………どこ触ってんのよ。ヘンタイ」
言葉とは裏腹に、安心したような笑みを浮かべるアーシャにほっとする。
強がりが言えるならまだ大丈夫だろう。
「ヤイロが一緒に来てる。すぐ治してもらおう」
「気を付けて。あいつは、毒島と同じ、だから……」
俺が来たことで緊張の糸が切れたのか、アーシャはそこまで言って気を失った。
同時に嫌な予感がして飛び退けば、俺がいたところに斬撃が走った。
「避けるなよ自称召喚士」
……なるほど、『毒島と同じ』ってのはそういうことか。
姿を消して攻撃してくる厭らしい奴がいるらしい。おそらくはアーシャを痛めつけてトドメを刺そうとしていた男だろう。
「スラぼう、召喚」
べとん、と召喚されたスラぼうにアーシャを任せれば、薄く広がって受け止めてくれた。
「ヤイロの元に運んでくれ」
そのまま気絶したアーシャを乗せ、そりみたいに進んでくれたので安心だろう。
「はははははっ! モンスターが言うこと聞くとかマジで召喚士みたいじゃないかお前! どうやって迷宮高専に入った?」
「さぁな。とりあえず名前くらい教えてくれよ」
「肝も座ってんな。良いだろう」
何もないところから男が現れる。
「四年でD班のアタマやってる誉田だ。ジョブは
「……自称?」
「クソ雑魚召喚士がそんなに動けるわけねぇ。オマケに蹴りで俺のナイフをへし折るとか前衛ジョブでも難しいっつの」
示された先にあったナイフは刀身が半ばからへし折れていた。
「で? 俺も名乗ったんだしお前もジョブくらい教えてくれよ」
「召喚士だ」
「……なるほど。素直に言う気はないってことか」
勝手に勘違いして盛り上がり始める誉田だが、俺は嘘なんぞついてない。
「未確認のレアジョブか? それとも召喚士の上位ジョブ? いずれにせよ面白れぇな」
「勝手に勘違いしてはしゃぐなよ。俺は正真正銘ただの召喚士だよ」
「敬語遣えよ二年生。生意気な女は好きだが、生意気な男はウゼェだけだぞ」
「敬意を払える存在になってから言え。先輩アピールしないと敬語も使ってもらえないとかダサいぞ」
「……良いだろう。きっちり教育してやる」
すぅ、と誉田の姿が薄くなり、そして消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます