第27話 vs誉田

 誉田の姿が掻き消えた。

 おそらくは毒島と同系統のスキルだろう。アーシャに浅い傷がたくさんあったのも、毒島みたいな攻撃スタイルなら納得できる。


 だがは十分だったので戦おうと思ってくれたならむしろ丁度いい。


 こちとらアーシャを痛めつけられてドタマに来てんだよ。

 会話中に何度不意打ちしてやろうと思ったことか。


 必死に我慢したのは、アーシャをヤイロの元へと送り届けたスラぼうが戻ってくる時間を稼ぐためだった。

 すぐさまボコボコにしてやりたいが、そのためには誉田を捕捉しないといけないからな。


 アーシャとヤイロがいなければスケアクロウを召喚したかったが、アレはマジで制御が効かない。万が一にでも二人がスケアクロウのターゲットになったら洒落にならん。

 それに、最終的に死んでもらうとしても、目的を吐かせるくらいのことはしないとな。


 ……あと、15層ここまで走るだけでモンスター討伐が碌にできてないうっぷん晴らしもな。


召喚」


 俺の言葉に従い、ガシャリと金属音が響く。

 現れたのは、黒い光沢を持った金属だ。それは次々に落下し、そして勝手に組みあがって、金属鎧の形になっていく。


 内部が伽藍がらんのまま、天を衝くような角付兜までが組みあがると、最後に巨大なハルバードが落下した。

 鎧の内部に赤い炎が灯り、地面に突き刺さったハルバードをつかみ取ると俺の前で跪く。


幽哭騎士ファントム・ナイトあれっくす……タダイマ、王命ニ従イ参上シマシタ」


 地を這うような低い声だった。B級召喚獣、幽哭騎士。

 E級の”彷徨うワンダリング・メイル”が何度か進化した先の姿であり、自ら考え、喋り、戦う鎧だった。

 ちなみにアレックスは本人が名乗った名前である。


「王ヨ……我ニ、勅命ヲ…………ッ!」


 俺が何かを指示する前にアレックスがハルバードを振るった。

 キンッ、と何もない空間に金属音が響く。


「見たことねぇモンスターだなオイ。がお前の強さの秘密か?」

「我ガ王ニ刃ヲ向ケル、レ者ヨ……ソノ血肉デ罪ヲアガナワセテヤル……ッ!」


 止める暇もなくハルバードを振り回すアレックス。


「貴様ノ首級クビヲ我ガ王ニ捧ゲル……! 供物トナレル幸セヲ噛ミ締メコウベヲ垂レヨ!」


 悪い奴じゃないし強いんだけど、暑苦しくて苦手なんだよな。どういう方法で感知しているのか知らないが、アレックスは迷うことなくハルバードを振るい、じわじわと俺から離れていく。


 誉田を俺から引き剥がしつつ戦っているのだ。


「アレックス、俺がぶっ飛ばしたいんだけど」

「ッ! 我ガ王ノ獲物ニ手ヲ出ストハ……コノ失態、あれっくすノ命デ償ワセテイタダキタイ……!」


 いや、要らんて。

 というかコイツは現状の俺にとって最高火力だ。命を差し出してないでキリキリ働いてほしい。


「スラぼうと一緒に蒸気作ってくれ。敵の姿を炙り出したい」

「承知シマシタ……身命ヲ賭シテ……!」


 暑苦しい宣言とともに鎧の中で灯っていた炎が膨れ上がる。

 鎧の継ぎ目から炎が噴出し、黒かった金属鎧がだんだんと赤熱していく。

 そこに戻ってきたスラぼうが水を掛ける。


 ぶわりと水蒸気が吹きあがり、視界を濁らせていく。同時に熱と湿度が空間に広がった。


「はっ、姿が見えりゃ戦えると思ってんのか? クソ雑魚召喚士がよォ!」

「ラビ、装填」


 蒸気がおかしな動きをしている部分を見つければ、だいたいの場所は分かる。


一撃必殺クリティカル

「ガッ!? なんつー力してやがんだよ……!」


 強烈な一撃を叩き込む。姿がきちんと見えているわけではないので致命傷にはほど遠いようだが、きちんと当たった。

 十分な量の蒸気が生まれたことを確認してスラぼうを追加で装填した。ちなみにアレックスは放置だ。

 俺の役に立ちたいらしくそわそわしてる気配は感じるが、コイツは明確な意思があるせいか、ムラが酷い上に全力を出すと単体ですら制御し切れなくなる。

 ピーキーすぎるのだ。


 脳裏をよぎるのはズタボロにされて、それでも心だけは折れていなかったアーシャの姿だ。


 本当は顔の形が変わるまでぶん殴ってやりたい。

 だが、さすがにナイフの刃で拳を受けられれば怪我をするのは俺の方なので足技を主体に攻めていく。

 そのほとんどが受け止められるか躱されているが、十分に戦えていた。


「透明になってるだけじゃ埒があかねぇ、か……!」

「ようやく解除したか。これで心置きなくぶん殴れるぜ」

「言ってろクソガキ。切り刻んでお姫様アーシャの餌にしてやるよ」


 誉田が俺に向けて疾走する。


「ミラージュステップ」


 身体が左右にぶれ、二つに分かれた。面倒なので地面を蹴って石や土を散弾のように発射してやった。石つぶてを受けて幻影が掻き消える。


「――出鱈目な野郎だなオイ!」


 楽しそうな誉田が次々とスキルを放つ。


「シャドウバインド!」


 影がもぞもぞと動き、俺に絡みつく。それを無理やり引きちぎる間に距離が詰められる。


「シャープエッジ、ポイズンアタック、ツイン・ファング!」


 もともと薄っすらと発光していたナイフの輝きがより一層強まる。そこに紫に怪しい光が加わり、刃が二重にぶれて見えた。

 攻撃力の増加に魔力で生成された毒の付与、おまけに攻撃範囲の伸長か。


 暗殺者に代表されるジョブの弱点である、攻撃力の低さを補うためのスキル運用だ。

 戦い慣れている。

 D班が上位に食い込んでいるというのも運や偶然じゃないだろう。


 だが、その程度じゃ俺には


 振りかざされたナイフに対し、防御するかのように手のひらを翳す。


「馬鹿がッ!」


 ナイフが俺の手のひらを貫通する。

 ……しかし、血液は出ない。代わりにじゅうじゅうと音を立ててナイフが溶け始めた。


「なっ!?」


 瞬間的にスラぼうが俺の手のひらに擬態していたのだ。

 すぐさま再装填リロードすると、ナイフを構えていた誉田の手首を握りつぶす勢いで掴む。


「捕まえたぞ」

「どうなってんだよ! 放せ!」


 空いた手を固く握り、動揺する誉田の頬に叩きつける。

 防御などできない。させない。

 動こうとするたびに掴んだ腕を引き、押し、殴り続ける。いったん崩したバランスはそう簡単にとり戻せない。


 歯が折れる。鼻血が噴き出す。顎が割れ、そこかしこが内出血を起こし形と色を変えていく。


「も、もう……許ひ、れ……!」

「アーシャが許すって言ったら許してやる……今は寝てるだろうから、起きたらお前の代わりに聞いといてやるよ」

「ひっ」


 追加で鼻の骨を砕いた。


「ぐ、ぐぐっ……ブレイド・スレッド!」


 極細の魔力糸をつくり斬撃を放つスキル。首か手を狙われるかと身を引いたが、スキルが切り落としたのはだった。


 俺から逃れた誉田は悲鳴とも笑い声ともつかぬ絶叫をあげながら、再び姿を消す。


「殺してやる! 殺してやるからな!」

「テメェじゃ俺は殺せねぇよ」


 初見で暗殺ならワンチャンあっただろうが、この状態で見逃すわけねぇだろうが。


! テメェみたいな化け物相手なんぞ、やってられっか!」


 誉田がスラぼうに溶か掛けたナイフを突きつけて姿を現す。

 ただし、俺にではなく、だ。


 ……そういや今は俺一人じゃねぇのか。


 さっさとトドメを刺しておくべきだったか、と後悔しつつも距離を測る。

 三重装填で走り抜ければギリギリ……いや、遠すぎる。


 一か八かスケアクロウを使うか……?

 いや、駄目だ。誉田がスケアクロウを攻撃する可能性より、ヤイロを傷つける可能性の方が高い。


「へへへっ、顔色が変わったじゃねぇか」

「……二人を傷つけたらお前を殺す。必ずだ」

「イキってんじゃねぇぞ! 状況を理解してねぇのか!」


 誉田は声を張り上げた。

 人質に取られたヤイロは真っ青な顔で座り込んでいるが、それでも意識のないアーシャを抱きしめている。

 あれじゃ逃げようもないだろう。


「……分かった。降参する」


 二人を助けるために隙を窺うしかなかった。

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