第25話 闇夜を這う者
迷宮15層の端、トンネル状の通路を抜けた先に広大な空間が存在していた。
マップを持ってないものが手当たり次第に探索でもしなければ誰も来ないような、何も無い場所である。
否。
空間は唐突に途切れ、どこまで続いているのか誰も知らないほどの深い縦穴がぽっかりと口を開けている。
調査が進んでいないのは、km単位で続く縦穴からの生還者がいないためだ。
電波が阻害される空間では何が起こったのかを伝えることも、ドローンを飛ばすこともできない。
ただ、数kmの先には降りた者に死を与える何かが居ることだけは確かだった。
スマホのマップが立ち入り禁止区域を示す赤に染まったが、アーシャは無視してその先、脅迫状で指定された場所を目指した。
何者かが先行しているのか、モンスターはほとんどいない。
(アキラだと良いんだけど)
さすがに15層ともなれば命の危険を感じる場所だ。その上アーシャの予定ではここにたどり着くまでにアキラと合流する予定だった。
汗に冷えた手指を軽く拭い、大剣を握り直す。
果たして広大な空間には、一人の男が
黒髪を整髪料でオールバックに纏めた、鷹のような鋭い眼光をした男だ。迷宮高専4年生にしてD班リーダーを務める男は、名前を
誉田は傲岸不遜な笑みを浮かべていた。
「来たのはお姫様か。外れだが、まぁ良い」
「アンタが脅迫状の送り主?」
「俺が送った訳じゃないが、まぁそんなようなもんだ」
「何が目的?」
厳しい視線を向けるアーシャにしかし、本田は笑みを崩さない。
「決まってんだろ? ナメた真似した進藤とかって転入生にヤキ入れんだよ」
「あら。アキラとあなたに面識があったなんて初耳ね」
「くくっ、頭が回る女は嫌いじゃない。ケツがデカけりゃなおさらな」
「なっ、誰の尻が大きいですって!?」
かぁっと頬を紅潮させるアーシャ。大剣を握る手こそ離さないが、軽く身じろぎして少しでも尻に視線を向けられないようにする。
「手紙の送り主は
「……伊藤?」
「おお。授業中にナメた態度取られたことが気に入らねぇんだとよ」
「それを私に話した意図は? 告発されたらどうなるか分からないわけじゃないでしょう?」
真意を掴めなかったアーシャが探るが、誉田はゲラゲラ笑った。
「告発できるのは生きてる人間だけだぜ」
「生かして帰すつもりはないってこと? 完璧ね、実行不可能なことに目をつむれば」
ちらりと奈落に視線を向けた。迷宮内での死亡は事故扱いになる。もちろん調査は入るが、毒島と同じく死体すら見つからない状態ならば犯行がバレる可能性は非常に低い。
簡単に完全犯罪が成立してしまうのだ。
ただし、殺人という行為に対して良心の呵責がなく、文字通り決死の覚悟で反撃するであろう相手を殺せる実力があれば、だが。
「俺の女になるなら伊藤の馬鹿を説得してやってもいい。これでも女は大切にするタイプなんだぜ?」
「さっすがD班。毒島といいアンタといい、下半身に脳ミソぶらさがってるんじゃないでしょうね」
「はははっ! 気が強ぇ女も好きだぜ。――屈服させるのが堪らねぇからな」
言葉と同時、誉田は胡坐の状態から跳びあがった。腰に手を回し、二振りのナイフを引き抜く。大きくカーブした刃は薄っすらと発光していた。
「……D班リーダーが迷宮産の魔道具を使うってのは本当だったのね」
超常の力を人にもたらすのがジョブならば、超常の力をもたらされた物が魔道具だ。魔法としか思えない効果や、原理が全く分からない機能がついた、迷宮から産出するアイテム。
「よく知ってるな。もしかして俺のファンか? 素直になれば可愛がってやるぞ?」
「目障りな敵の情報収集は基本でしょ。暗殺者系だけのパーティで学内3位だもの」
アーシャの言葉を賞賛と取ったのか、誉田は喉を鳴らして笑う。
「お姫様は毒島程度に苦戦してたんだろ? 諦めて俺の女になれよ」
「暗殺者ってみんなそうなの? 例え感度3000倍にされたって
「オモシレーこと言うじゃんか」
強気に言い返すアーシャだが、内心では分が悪いことを理解している。
毒島の
特殊なスキルか、そうでなければ第六感とも言える本能的な回避能力を持たなければ躱すことすら難しい能力だ。
一定以上のダメージを与えると姿を消すことはできなくなるのだが、毒島はこれを逆手にとって「大したダメージにならない攻撃」で相手の心を折ることに長けていた。
アーシャが孤立したのは、毒島がそうやって何人かを見せしめにしたせいだった。
「毒島みたいな真似は好きじゃねぇけどよ。俺の
「私だって希少ジョブなんだけど?」
「ヴァルキリーなんぞ器用貧乏の代表格だろ。雑魚ども相手に無双するなら十分だろうが、俺の相手にはならねぇよ」
「そう。それなら試してあげる」
アーシャは宣言とともに大剣を正眼に構えた。
「お前の班の進藤と戦いたかったんだけどなー」
呟きとともに誉田の姿が空気に溶け消える。慌てて周囲の気配を探るが、誉田の痕跡を見つけることはできなかった。
(嘘ッ……! 毒島は相手の目の前で消えることはできなかったはず!)
「もしかして、しっかり認識してれば透明化は使えないと思ってたか? 言ったろ、
ぼわんと反響する声は方向どころか距離すらつかめなかった。
――シュッ!
風がアーシャの近くを吹き抜けると同時、制服の肩が裂け、素肌にも薄っすらと傷がついた。
「早めに降参してくれよ? ボロボロの女を抱く趣味はねぇからな」
「誰がッ!」
――シュッ!
「言い忘れてたが……俺のナイフには感度をあげる効果がある。降参すりゃ天国に連れてってやるが、意地張るなら痛みがどんどん倍増していくぞ」
拷問に適したアイテムだが、誉田の能力――あるいは人間性と相性が良すぎた。
次々に繰り出される斬撃にアーシャの制服が切り刻まれ、同時に肌にもひっかくような薄い傷が走る。
血が滲むかどうか、といった浅い傷ではあるが、ナイフの特殊効果は確かに発動していた。
「くっ!?」
「どうした? 肌をナイフで撫でただけだぞ?」
走る痛みはどんどん強くなっていた。大した傷じゃないことが分かっていても思わず傷の深さを確認してしまうほどの痛みだ。
「舐めないでよね!」
このままだとジリ貧になることを理解したアーシャが、ヴァルキリーの力を使って身体から炎を噴出させた。
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