第22話 豚肉祭り

 それから一週間が経った。

 迷宮攻略は順調そのもので、現在は13層まで到達。階段探せればガンガン降りられる状態だ。


 ……といってもアーシャの魔法特訓はそれほどうまくいっておらず、なんとなく魔力の流れが良くなったかも、と言った程度だ。

 どこか焦っているらしく、2本目が安定しないうちに3本目に行こうとするので2本指に火をともしたまま日常生活が送れるようになれ、と申し付けた。


「無茶じゃない! アキラが見てないときに一回だけうまく行ったもん!」

「100回やって100回できるようにならないと駄目なんだよ」

「分かってるわよ! でもモタモタしてたらアキラを引き抜かれるかもしれないでしょ!」

「……俺を? そんな気配ないけど」

「今はね!」


 アーシャ曰く、俺に声が掛からないのはまだ個人ランクがゼロだから、とのこと。

 この学校は実力主義で、将来を見越して他の班へ移籍するのも自由。しかし成績に直結するものなので、ランクが低い人間や実績のない人間が加入するとそれだけで班の順位を下げられるらしい。


「個人のトーナメント戦で上位に食い込んでからなら、条件で再引き抜きを掛けられにくくなるし自分たちの順位も下がらなくなるのよね」

「なるほどな……まぁ移動する気はないから安心しろよ」

「ほ、ホントに!?」

「もちろんだ。アーシャと組まないならソロで良い」

「ふ、ふーん。そこまで言うなら私もあなたを裏切ったりしないって約束してあげる」


 なぜか機嫌が良くなったアーシャとともに今日も迷宮攻略だ。

 アプリを併用してマップを埋めながら階段を探る。電波の届かない迷宮なので精度の荒いマッピング機能だが、手書きよりはずっとマシである。


 たまにズレると手動で直しながらどんどん未踏破区域を減らしていく。


「ちょっと済まないんだが、明日は攻略を休みにして良いか?」

「他の班も潜るのは週に1,2回だし別にいいけど……何かあったの?」

「自主練のためだな」


 正確には異世界で依頼した召喚獣の情報を確かめに行く予定だ。


 スラぼうはS級に進化する条件を探さねばならないが、ラビやアレックスは大量の魔核でA級までは引き上げられる。

 あとは条件次第なので難しいが、こいつらを進化させるまでに俺が三重装填をマスターしてより強くなれればかなりの強化になるだろう。


 ……もっとも、その三重装填が難しいんだが。


「自主練かぁ……私もついていっちゃ駄目?」

「駄目」

「何でよ!」


 異世界に連れてくと色々面倒が起きそうだからだよ。絶対騒がしくなるだろうし、評価が低い異世界でコイツにあることないこと叫ばれたら俺の社会的評価は死ぬ。

 ただでさえ召喚士はえらそうにふんぞり返ってたり、権威をかさに着て横暴になってる奴が多いのだ。

 これ以上マイナスなイメージがついたらニアとか会話すらしてくれなくなるんじゃないか。ギルドを出禁とかになったら泣くぞ。


「良いじゃん。どうせ一蓮托生でしょ?」

「何がだよ」

「ほっ、ホラ……私、最終的にはあなたの性奴――」

「はい却下ァァァッ!」


 こいつ、妄想と現実の区別ついてないだろ!

 背中に嫌な汗が伝ったところで、さらに嫌な想像が脳裏をよぎる。


『えええ~~~!? すっごい美人! お兄の彼女さんですかっ!?』

『いいえ、私は彼の奴隷よ……身も心も捧げているの』

『……まだ間に合いますから警察にいきましょう! それか裏山に埋めましょう! 穴掘るの手伝いますよ!』


 泣きながら剣スコを振り上げる妹を幻視して思わず身震いした。

 妹には絶対に会わせられないな。変な化学反応を起こしてスラぼうでもびっくりするくらいの毒ガスが発生しそうだ。


「とにかく異世界はダメだ」

「……いせかい……?」


 あっ。


「前も言ってたわね……アキラ、あなた疲れてるのよ……」(※)

「おい、可哀想なものを見る目を俺に向けるな」

「帰ったらマッサージする? 今なら添い寝とかもしてあげるわよ? 頭撫でてあげたら良く寝れるかしら……」

「こ、この野郎……不安とストレスでおかしくなったちびっ子相手みたいな対応するんじゃない!」

「だって異世界でしょ? トラックにかれて赤ん坊になったの? やたら若いママのおっぱい吸って興奮してたの?」


 む、ムカつく……!

 いますぐ異世界に放り込んで現実を突き付けてやりたいが、アーシャを連れて行っても、俺にもアーシャにもプラスになることってないんだよなぁ……。

 

 結局、精彩を欠いた迷宮攻略は14階の階段を見つけるところまでで終わってしまった。


***


「今日は何? 豚肉祭り?」

「どっかの迷宮でオークでも大量発生したのかしら」


 夕食。自炊がまったくできないというほどでもないんだが、せっかく迷宮で稼いでるし店もたくさんあるので適当なレストランに入って済ませることが多い。


 今日チョイスしたのは定食屋だったが、やはりここも学園都市の息が掛かっているらしく、控えめに言って頭がおかしそうなメニューが並んでいた。


「普通にとんかつとかないのか!?」

「……なさそうね……きっと注文が集中しないようにしてるのよ。部位もロースばっかり出ちゃうだろうし」

「言いたいことは分かるが全部ハズレみたいなメニューとか商売する気あんのかよ……!」


 豚肉フェアと銘打たれたメニューには焼ミミガー定食だとかだし巻き豚足とかアグレッシブなものが並んでいる。

 豚足を玉子で巻いても骨が食べ辛いだろ。


「大食いメニューが豚のアタマ丸焼きとか、量じゃなくて見た目が無理すぎる」

「あ、でもこれとかどう? 『豚背脂チャーシューの豚スネ肉ソース~揚げ豚軟骨をそえて~』だって。色んな部位が食べれるわよ」

「余りそうな部分を一気に使いたい店の都合が透けて見えるな……」


 しかたなく豚肉チャーハンを選んだが、米の代わりに豚ミンチで作ったチャーハンだとは思わないだろ。日本語がトラップ過ぎる……まともな感性を持っていたらそれは肉そぼろって呼ぶんだよ。


「はぁ……なんで麦茶まで豚骨風味なんだよ……」

「紅しょうがを足すと飲みやすいわよ」


 豚肉に豚肉を挟んだ豚肉バーガーを食べ終えたアーシャに勧められるが、そもそも飲物に紅ショウガ入れたくない。


 胃もたれしそうなのでコンビニで胃腸薬を買ったが、「豚の脂にはコレがオススメ!」とかポップがあって壮大なマッチポンプの気配がした。


「胃が重たい……」

「私もよ……」


 さすがに寮に帰ってから追加で訓練することはできなかった。



※「X-ファイル(The X-Files)」

 1993~2002年にかけてアメリカで放送されたテレビドラマ。オカルト大好きなモルダーと、科学大好きなスカリーがコンビを組んで宇宙人・超能力・UMAその他に関する捜査を行っている。

 だいたいオカルトで説明しようとするモルダーが捜査中に壁にぶち当たると、オカルトを1ミリも信じていないスカリーに「モルダー……あなた疲れてるのよ」と言われる。

 扱っている題材上、殺人や行方不明などの事件が多数ありますが、面白いので是非。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る