第12話 指輪

 迷宮が危険視されているのは、過去に迷宮から溢れたモンスターによっていくつかの国が大打撃を受けたからだ。

 普段は迷宮から出てくることのないモンスターだが、一度外に出ると狂ったように暴れまわり、辺りに甚大な被害を与える。


 多くのモンスターは死ぬまで暴れるか、各国が全力で掃討作戦を決行して殲滅する。


 そんな中、いまだに討伐が確認できていないモンスターを『災厄』と呼ぶ。認定ランクはS+。測定不能って奴だ。

 国を滅ぼすほど大暴れした厄災どもは巣を作って居座る者もいれば、どこかの迷宮に潜って姿を見せない者もいる。


「厄災の討伐って……まぁ全人類の悲願でしょうけど」

「そんな崇高なもんじゃない」


 個人的な依頼だから、という言葉を飲み込み、リリティアと交わした会話を思い出す。

 リリティアによると、厄災の中には俺と同じように神と取引をしたモンスターがいるとのことだ。

 モンスターにそんな知恵があるのか疑問だが、リリティアが俺を騙すメリットはないので真実なのだろう。


 厄災の内の一体、リリティアを封じた悪しきものと契約しているモンスターを倒してくれ、というのが『前払い』に対する依頼だった。

 リリティアの封印そのものは悪しきものによって行われたが、肉体を封じた何かはおそらく厄災が守護しているというのがリリティアの見立てだ。


「精神の方はガーゴイルだったぞ?」


 ガーゴイルはBランク。普通に強いモンスターだが、厄災とは比較にすらならない。もしもあの時遭遇していたのが厄災であればスラぼうを投げる暇もなく俺は死んでいたはずだ。


「ちゃんと厄災が部屋の前にいましたよ~? 私がまでは、ですけどねぇ」


 がちがちに封印されていたリリティアは、それでも神の権能を駆使して空間をらしい。

 無理やり空間を切ったことであの部屋はありとあらゆる所にランダムで繋がるようになったらしい。道理で浅い層に未踏破区域があったわけだ。

 おそらく俺たちが見つけるちょっと前まではまったく違う場所と繋がってたんだろうな。


「俺は儲けや名声を得ることよりも自分が強くなることを優先する」


 リリティアからの依頼を完遂することもそうだが、俺はとにかく強くなりたかった。異世界で過ごした二年間、ほぼ毎日のように『ダンジョン工事団』の皆が殺される光景を夢に見た。


 あの時、俺に力があればあんなことにはならなかったのだ。


 『ダンジョン工事団』の皆を救った今でさえ、夢に見ることがあるのだ。

 心に刻みつけられたトラウマが、強さを求めていた。

 どんな理不尽が訪れても、それを笑顔で蹴散らせるような、圧倒的な強さを。


「強くならなくちゃいけないんだよ、俺は」

「ふぅん……私も別にお金や立場には困ってないから良いわよ」


 そういや皇女様だもんな。

 アーシャもヴァレンタイン皇国を救おうとしている。俺と同じく強くなることが優先課題なんだろう。


「それから俺の力については他言無用だ」

「分かったわ」

「ドロップアイテムや儲けは基本的に折半で良いが、魔核と厄災関係のドロップは全部俺がもらう」

「金より強さって言ってた割にがめつくない?」

「嫌なら組まない」


 しっかり砕いた魔核を獣脂と混ぜて召喚獣に摂らせることで、召喚獣は強くなるのだ。スラぼうをA級まで育て、ラビをB級にするために異世界で手に入れた魔核のほとんどを使ってるからな……。

 ちなみにS級に進化させるには別の要素が必要らしいので、スラぼうは今のところここで打ち止めだ。


「わかったわよ! それで良いわ。でも生活が立ち行かなくなるレベルだったら見直してよね!」


 俺とアーシャが組めばそれなりに深いところまでは潜れるはずだ。

 さすがに食うに困るほど困窮することはないはずである。


「ヴァレンタイン皇国の迷宮にも、厄災が逃げ込んだところがあるよな?」


 世界中の感心事で、ある種の災害にも通じる情報だ。いくつかの国が秘匿しているものは予想になっていたが厄災の居場所はネット上にいくらでも転がっていた。


「……あるわね。イタリア北部を壊滅させた厄災がそのまま北上してウチの迷宮ヴァレンタイン皇国に来たわ」

「国外の手続きはまだ調べ切れてないんだが、俺がそこに入れるように手配してくれ」

「……本気?」


 俺が頷くと、アーシャは難しい顔で小さく唸った。

 しばらく悩んだ素振りを見せたものの最終的には了承してくれた。


「じゃ、これつけて」


 ポーチの一つから、指輪を取り出す。

 異世界産の魔道具で、その名も『魔術師殺し』。特定の話題を口に出来なくなるもので、名前の通り本来は捕虜や犯罪者につけさせて魔法を発動できなくするための物だ。

 ちなみに一度つけると、解除用のキーワードを知っている者しか外せない仕様だ。


 ささっと書き換えて俺の召喚獣に関することと異世界に関することを口に出来ないように設定しておく。


「ゆ、指輪……でも、その、こういうのって、ちょっと早いって言うか、もう少しお互いを知ってから記念日とかに夜景が見えるホテルのスペシャルスイートとかで——」

「付けないなら組まないぞ」

「わ、分かったわよ……そんなにも私をしたいなら、付けます」

「はぁ?」


 妙なことを口走ったアーシャは指輪を右手の薬指に嵌めた。


「……なんで薬指?」

「身も心も自由にするためじゃないの……?」

「俺を何だと思ってんだお前は……」


 エロい言動も禁止しておくべきだったと後悔する。

 悪用防止のため、一度外すと指輪に込められた術式が解除されてしまう設定なので今からは無理か。

 そもそもエロい言動を禁止したらほぼ喋れなくなる可能性まであるからな。


「俺の能力とか、修業で使う場所とか、俺が設定した禁止ワードを発言できなくする指輪だよ」

「ふ~ん……あっ、ってことはどんな酷いことをされても私は誰にも相談できずに泣きながら耐えるしかないのね!?」


 限界ギリギリの訓練で本当に泣かしてやろうか。

 何を言ってもエロい妄想に変換させるだけで、面倒だから異世界に連れていくか。


「どんなのが禁止ワードなの?」

「異世界に関することと、俺の能力に関すること」

「……いせかい……?」

「口で説明しても分からないだろうし、そのうち連れてくよ。それよかさっさと迷宮に行こう」


 そう宣言して旬のパフェを掻き込む。

 甘さゼロのクリームの中からはこれまた甘みのついていないコーンフレークが出てきた。

 一応、鮭ハラスと一緒に食べることを想定してバランスを取っているらしいが、何とも微妙な気分である。


「……米が欲しくなるな」


 残すのはもったいないので、がんばって完食した。

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