第10話 トサカ
翌日。水曜日ということもあって学級での活動はない。
……正確には班分けされて各自
アーシャと同じく
異世界で使っていた装備は目立ちすぎるのでほとんどがしまったままで、俺は学園都市の制服にポーチが並んだベルト、そして召喚士の腕輪という装いだ。
深緑のブレザーに黒のスラックスだが、迷宮から産出される特殊な物質が使用されていることもあって性能が非常に高い。
かなり高いストレッチ性能がある上に防刃加工も施されていて、小口径のものならば至近距離から銃で撃たれても穴が開かないというのだから驚きだ。
「さて、いくか」
寝室のアーシャが寝ているのか、それとも俺が起きる前に出かけたのかは知らない。どちらにせよ個人で迷宮に向かうなら声かけも必要ないだろう。
ポーチの一つにねじ込んだ学園都市の地図を開きながら寮を出ると、そこにはトサカみたいに金髪を逆立てた男が立っていた。
ブレザー姿であることを考えると、迷宮高専の生徒だろう。
ヤンキーっぽさのあるうっすい眉毛を逆立て、金髪トサカが俺を睨む。
「あ? アーシャの家だろココ……なんで男が出てきやがるんだ?」
態度が悪いので無視。
というか俺に話しかけたのか独り言なのかもわからんし。
「おいテメェ! 無視するなよ!」
「……俺に喋ってたのか。独り言かと思ったよ」
「あァ? 舐めてンのかテメェ……!」
「じゃ、俺忙しいから」
「あ、おいコラ!」
金髪トサカを無視して小走りに駆け抜けた。
金髪トサカも俺が突然走り出すとは思っていなかったらしく、追ってくる前に距離が開いていく。
異世界では身体小さめで常識知らずだったから散々絡まれたが、馬鹿の相手はしないに限る。ボコってもボコられても得られるものがほとんどないからな。
これが野盗とかガチガチの犯罪者なら持ち物や所持金を全部巻き上げれば多少の収益にはなるけど、それだって手続きが面倒だったしなぁ。
背中にぶつかるトサカの喚き声が聞こえなくなってきたところでスマホを取り出す。
呼び出すのは学園都市専用のアプリだ。
敷地内の簡易地図や学校からの連絡、迷宮の最新情報を一緒くたにしたアプリで、入学と同時に開設された個人口座と紐づけられたキャッシュレス機能まで付いた便利なものだ。
ドロップアイテムや魔核は原則、迷宮入口での買取になる。出入りの時間記録なんかも必要なので一元管理できるアプリはかなり有用だった。
「……とりあえず、一番近くの迷宮で良いか」
適当に近くの迷宮を選ぶ。前情報を調べても良いが、基本的に異世界ではほとんど前情報なしで迷宮に入ってたからな。あんまり深くに潜るつもりもないから要らないだろ。
……と思ったのだが、まさかの高ランク迷宮で入場は四年生以降か、教師の許可を貰わないといけないところだった。
俺が転入直後だったこともあってデータベースの検索やら何やらで一時間も拘束されてしまった。
「時間を無駄にした……」
だいぶやる気を削がれながらももう一個の迷宮――最初のとこの職員に教えてもらった俺でも入れるところへ向かう。
正直なところ、かなりイライラしている。腹がはちきれるまで飯を食うか、そうでなければ思い切り暴れたい気分だった。
モンスターならどんだけぶっ飛ばしても問題ないのでうってつけだと考えたのだが。
「着いてこないでって言ってるでしょ!」
怒りに満ちた声が聞こえた。
視線を向けると、そこには鞘入りの大剣を肩に担ったアーシャと、それを追うように歩くさっきの金髪トサカがいた。
「変な意地張ってないでよォ。アーシャちゃんならいつでもOKだぜ? もちろんパーティだけじゃなくてプライベートも——」
「必要ないって言ってるでしょ!」
「でも俺ンとこ以外に組んでくれるパーティなんてないと思うぜェ?」
「アンタが嫌がらせするからでしょ!」
「ひでぇなぁ。実力もないクソがアーシャちゃんを仲間に引き入れようとするから身のを程を教えてやっただけなのに」
何とか追い払おうとするアーシャにしつこく食い下がる金髪トサカ。清々しいくらい分かりやすいクズムーブだ。
うわ、と引いているとアーシャと目がバッチリ合ってしまった。
「一人じゃトイレもいけないだろ? 尻丸出しでモンスターに襲われるよりも——」
「一人じゃないわ!」
何を思ったかアーシャは俺に駆け寄り、腕を組む。
「彼が私のパートナーよ!」
「……あァ? 朝のスカし野郎じゃねェか……! 俺のアーシャちゃんに付きまとってんのか?」
「アンタなんかよりずっと紳士……ええと、うん、そうね……多分紳士よ」
「待て、何で急に勢い弱くなってんだよ」
「だって裸見られたし……決闘の時もアチコチ触られたもん」
「ハァ!? テメェ! 人の女に何してやがるッ!」
「アンタの女なんかになるわけないでしょ! ふざけないで!」
燃料を投下された炎のように反論するアーシャだが、すぐにニヤついた笑みを浮かべて俺にしなだれかかってきた。
「わ、私は彼と一緒の部屋で寝てるし裸だって見られちゃった仲よ。それに彼の言うことならなんでも聞くって約束してるんだから。おあいにく様だけど、アンタなんか相手にするつもりないわよ!」
嘘はついてない……ついてないが明確に誤解させて俺を巻き込む意志が見えた。
振り払ってやろうか、とも思ったものの、俺の腕をつかむアーシャの手は小さく震えていた。
……ここで突き放すわけにもいかないか。
「アーシャを賭けて決闘しろスカし野郎!」
代わりにコイツで憂さ晴らしをしよう。
「ぶち殺されても文句言うなよ、トサカ」
「トサカだァ!? 舐めてンじゃねぇぞクソが!」
アーシャの時のようにコロシアムまで行くのかと思いきや、こめかみに青筋を浮かべた金髪トサカは俺の目の前で懐から短剣を抜き放った。
逆手に持った左右二本の短剣を構え、歯を剥きだしにして俺を睨む。
「迷宮高専D班所属、毒島アキノ――ぶべぇっ!」
「武器抜いてからお喋りとか余裕だなオイ」
「て、テメェ! 人が名乗ってるのに不意打ちで飛び蹴りとか卑怯だろ!」
「うるさいな。武器抜いといて喋ってる方が悪いんだろ」
……
やっぱりどんな時でも冷静でないと駄目だな。まぁでも、ストレス発散が一発で終わったら物足りないだろうし、丁度いいか。
「かかってこいよ、トサカ」
「ぶっ殺してやる!」
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