第9話 決着
諦める方向じゃなくてブチ切れるなんて予想外だった。さらに気炎――文字通り炎の勢いを強めたアーシャが俺に攻撃を放つ。
振るわれた拳から炎が伸びる。
俺が躱そうとした直前でそれは破裂した。
「おおっ!?」
慌てて距離を取る。ちょっと髪が焦げた。
……もう少しきちんとやらないと無理か。
召喚獣2体分のステータス上乗せをした状態で、全力で走る。疾風のような速度で間合いを詰めると、炎を纏った拳を膝蹴りで上に跳ね上げる。
空いた胴体に手加減しつつも掌底を放ち、吹き飛ぶ前に回り込む。
今度は後頭部、首、背骨と軽くつつく。
「今度こそ負けを認め——」
「っ!」
「だぁっ!? 認めろよ!?」
「うっさい変態! どさくさに紛れていろんなとこ触って! もう許さないんだから!」
「うぇっ!?」
普通に「攻撃できるぞ」って意味でつついただけなのにそういう風に受け取るのかよ。
大気が揺らめくほどの炎がアーシャの身体から吹きあがる。
どう見ても長く続けられるような技ではない。おそらくは短期決戦用の必殺技だろう。
「それを
「凌げるわけないでしょ!
技の名前を叫びながら突進するアーシャ。強烈な熱に皮膚が焼けていくような痛みを感じる。
触ってないのにこれかよ。
他の召喚獣を
仕方ないので、あまりやりたくない方法で攻略することにした。
「ふぅ」
深呼吸を一つ。装填したスラぼうの能力をフルパワーで発揮する。
発生するのはあらゆる生命が必要不可欠とし、しかし肺を持つすべての生物の呼吸を阻害する物質。
――つまるところ水だ。
生み出される水量は魔力依存。
「舐めないで! 水如きで私の炎は消えないわ!」
濁流となって押し寄せる水はアーシャに触れるまでもなく沸騰し、蒸発していく。海底火山のような見た目になるが、消火することが目的ではない。
沸騰して蒸発していく側から新たな水が発生してアーシャを包んでいく。
「舐めるなぁぁぁぁぁっ!」
「舐めてねぇよ」
近づくのも怖いから、搦め手で封殺する。
魔力切れも狙いの一つではあるが、それより先にギブアップしてもらおう。
もうもうと上がる水蒸気がコロシアムの天井にたどり着き、結露する。
それが雨のように降り注ぐ中で、唐突にアーシャの炎が消えた。
ばしゃん、と水に押しつぶされるように流されたので慌てて手を取り、抱き寄せる。
は、と短く息を吐くアーシャは真っ赤な顔をしていた。
当たり前だ。
湿度100%、気温も100度を超える場所に晒されていたのだ。どれだけ汗を掻こうと体を冷やすことができない環境である。
有体に言えば、体温が急激に上昇したアーシャは熱中症でダウンしたのだ。
召喚した水のおかげで危険域は抜けているだろうが、まだぐったりとしていた。
意識が戻らないとまずいのでスラぼうの能力で経口補水液モドキをつくり、指を咥えさせて少しずつ飲ませていく。
しばらくすると、深紅の瞳に意志の光が戻った。
ぱちぱちとまばたきを繰り返した彼女の焦点が俺に定まる。
「……負けた、の……?」
「ああ。さすがに俺の勝ちだ」
「そう……」
物憂げな表情になったアーシャは、そのまま俺の手を握り、
「分かったわ……好きにして。でも、本当に初めてなの。優しくして、ください」
その手を自らの胸に押し当てた。ドレスアーマー越しではあるが、ここまでされればさすがに意味くらい分かる。
「いや待って!?」
誤解を解くために2時間近くかかった。
最終的に俺だけではどうにもならず高田さんにも手伝ってもらったんだが、気づいたら201号室でルームシェアするということで決着していた。
解せぬ。
愉快犯の高田さんに助けてもらうはめになったのは俺の落ち度かもしれないから我慢だ。
だがな。
皇女にエロ同人誌で勉強させた奴、ちょっと出てこい……!
***
「……私、ソファで寝なくて良いの?」
「女子をソファに寝かして自分だけベッドの方が気が休まらない」
妹にもキレられること請け合いである。あいつ、女性の扱い云々には超厳しいからな……。
折衷案として、新しいベッドが搬入されるまでは俺がソファ。その後は俺が新しいベッドで寝ることで落ち着いた。
部屋の構造は風呂、トイレの他にリビングと寝室という、一人で過ごすとなれば豪華ともいえる間取りだった。
キッチンは一階に共用のがあるらしい。
とはいえ二人だと悩ましいので、リビングを俺の部屋にして寝室をアーシャの部屋ということにした。アーシャは必ず俺の部屋を通ることになってしまうが、女子の部屋を俺が通るよりは事故率が減るだろう。
「わ、私がベッドで寝てるときに突然ってのは無しよ!? 心の準備が要るんだからね!」
「無しなのはお前のむっつり思考だよ」
「だ、誰がむっつりよ! びしょびしょになった私のボディラインを舐め回すように見てたくせに!」
「いや、ボディアーマーだったじゃん」
「やっぱり見ようとしたのね! 変態! すけべ! ケダモノ!」
「誘導尋問ってレべルじゃねぇぞ。戦う相手の装備くらい確認するだろ」
何はともあれ、こうして俺の学園都市生活が幕を開けることになった。
「そういや、アーシャはどこかの班に入ってるのか?」
「私?
「一人でも良いのか」
「アンタまさか一人で挑むつもり? やめなさい、自殺行為よ」
「いや、今さっき一人って宣言した人間の台詞じゃないだろ」
迷宮攻略は深度が進むにつれて凶悪なモンスターも増えるし、食料品などの荷物もかさむようになる。一人じゃ寝てる間に殺される可能性すらあるのだ。
最深部に行くような奴らは見張りも兼ねてB級パーティを
俺の場合は召喚士の秘密を漏らしたくないのとリリティアの依頼遂行のためにパーティを組みたくなかったのだが、普通なら複数で連携するべきだろう。
「何で一人なんだ?」
「……いろいろあるのよ」
話したくなさそうだったので流すことにしたが、俺はその理由をすぐさま身をもって知ることになる。
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