第8話 決闘
アーシャは威嚇する猫のように俺を睨んでいる。
「いや、だからアーシャは202に住めば良いじゃん。201は俺の部屋だからさ」
「こんな穴が開いてる状態で住めるわけないでしょ!? アンタみたいなケダモノが入りたい放題じゃない!」
「だから誤解だって……」
高田さん――理事長は俺とアーシャでルームシェアをして201に住むことを提案した。
俺としてもかなり微妙なんだけれど、アーシャは大激怒である。
202号室を壊したのはアーシャなのに、俺のせいだとでも言わんばかりの勢いで怒り、俺を出ていかせようとしていた。
「分かったわ……アンタに決闘を申し込む。私が勝ったらアンタに出て行ってもらう。アンタが勝ったら私が出ていく」
「受けたくないな……」
ヴァレンタイン皇国の窮状を聞き、アーシャが何のために留学してきたのかを聞いてしまった以上、アーシャを追い出すのも気が引ける。
高田さんが理事長権限を使って別の部屋を用意してくれれば丸く収まると思うんだが、そんなつもりはさらさらないようで、ニコニコしながら推移を見守っていた。
……絶対面白がってるだろ。
「そうよね、アンタは私の身体に見惚れてたものね。ルームシェアなんていう絶好のセクハラチャンスを逃すはずないもんね」
「誤解だっつの」
「じゃあ、私が負けたら大人しくルームシェアしてあげる。これでどう?」
「どう転んでも住むつもりか!?」
「わ、分かったわよ! 私が負けたら私の身体を好きにすればいいじゃないこのケダモノ! 変態!」
「……日本語通じてる?」
「どうせミニスカメイド服を着せて朝から晩までエッチなご奉仕をさせたいんでしょ!? 知ってるんだから!」
「……高田さん? 控えめに聞くけど、この人頭おかしくない……?」
「アーシャちゃんは同人誌とかそういうので日本語を学んだみたいなのよ。きっとその時に間違った日本観とか耳年増的な情報を学習しちゃったのね」
仮にも一国の姫だろ……何やってんだコイツ。
「ほら! 決闘しなさい! アンタの×××をソテーしてやるんだから!」
「おい止めろ! 女の子がそんなのを口走るんじゃない!」
「何よ! 嫌がる女の子にそういうの言わせるのが好きなんでしょ! アンタも『ククク、きちんとおねだりしないと止めるぞ』とか言いながらさっきみたいに変なクスリを使う気な癖に!」
……コイツ、普通に変態だろ。
妄想力が
とはいえ、ぴーちくぱーちくうるさいのでどこかで黙らせる必要はありそうだ。
なによりもコイツを放置しておくと学校中に俺のことを変態とかケダモノとか言いふらしそうだし。
「それじゃあ包括的に『負けた者は勝った者に絶対服従』ってことでどうかしら」
「良いわ! ケチョンケチョンにしてやるんだから! 私を性奴隷にできると思ったら大間違いよ!」
「……あっ、ハイ。もうそれで良いです」
学園都市内ではコロシアムも存在している。一線を退いた上位探索者や迷宮向けでない能力の持ち主が主体の大会が開かれ、1位から3位までを当てる公営ギャンブルにもなっている。
ちなみに迷宮高専の生徒も定期的に戦う。
全国放送までされるのは決勝くらいだしギャンブルにはなっていないが、実践に一番近いこともあってプロチームや探索者を抱える企業がスカウトするための指標になるのだ。
そんなコロシアムに高田さんの車で乗り付け、俺とアーシャは決闘をすることになった。
とりあえず適当に勝って、俺への風評被害を減らせれば良いや。
女の子を相手に戦ったとか妹に知られたら激怒されそうだけどもう知らん。
悪いのは高田さんってことにしておこう。
「死にたくなければ今すぐ降参しなさい! スケベ心で死ぬなんて馬鹿らしいわよ!」
深紅のドレスアーマーを身にまとい大剣を構えたアーシャはやる気満々だ。
「それじゃ、どちらかが戦闘不能になるか降参で決着。なるべく殺さない方針でお願いねー」
なるべくって……いくら死亡同意書を取ってるからって適当すぎるだろ。
愉快犯っぽい高田さんの合図で戦闘開始だ。
大剣が炎を纏い、赤く輝く。アーシャが飛び出すと同時、俺も準備をする。
といっても戦法は風呂場と一緒だ。
コロシアムはかなり広いが、その分、麻痺毒の量を増やせば十分に対応できるだろう。
「スラぼう、
タネは割れているので攻撃を受けたりはしない。毒液を撒きながら回避していけばアーシャの炎によってどんどん気化するだろうし、それほど時間をかけずにオチるだろう。
大剣を振るうと同時、炎が地面を這うようにして伸びた。飛び退くと同時、地面に撒いた毒液が気化していく。
「ナメないでよね! 同じ手を何度も食らったりはしないわ!」
これだけでもイケるか、と期待していたが、アーシャはきちんと対策もしていた。
炎が巻き起こったところに強風が吹き荒れてガス化した麻痺毒を散らしていく。
コロシアムは屋根付きだが、野球場みたいな高さと広さがある空間だ。散らされてしまえば効果を発揮するまでにかなり時間がかかるだろう。
「毒なんて最初から気づいてれば怖くないわ! さぁ、大人しく焼けなさい!」
「断る!」
「今ならミディアムレアくらいで許してあげるわよ?」
「ステーキかよ!」
っていうかそれ普通に焼けてるからな?
不敵な笑みを浮かべながらも大剣を振るうアーシャ。
鉄塊とも呼べるサイズの大剣が風を切り、炎をまき散らす姿は圧巻である。
あの細い体のどこにそんなパワーが、と思わなくもないが、きっと強力なジョブに就いているのだろう。
カズマさん達もゴリラだったがアーシャはもっとゴリラなんだろうな。
「アンタ、何かいま私を馬鹿にしたでしょ!?」
「……気のせいだ」
「ミディアムレアじゃなくてウェルダンにしてやるんだから!」
何でバレたんだ……?
ステータスで張り合うためにもスラぼうに続いてラビを装填する。
攻め手には欠けるが、これで何とか張り合えるんじゃないだろうか。
炎を目隠しにして回り込むような軌道でアーシャに近づく。
「大剣だから接近戦は苦手だとでも思った?」
手を滑らせ、柄尻と根本を握りしめたアーシャ。そこから放たれるのはやや膂力に欠けるものの速度重視のコンパクトなスイングだ。
ラビを装填した腕でそれを弾くが、炎を纏った大剣は触るだけでもダメージになる。
厄介なので触らないように対処する。
狙うのは大剣の柄とアーシャの腕だ。
膂力を犠牲にした握り方はつまり、それだけゴリラパワーを込めにくいことを意味している。
柄を軽く殴って剣の軌道をずらすと、空いたスペースに身体を滑り込ませる。
肘の内側を手刀で叩いて無理やり曲げると、大剣の柄をひねり上げる。
「きゃっ!?」
捩じ切るように奪った大剣をアーシャの首筋に突きつける。
「降参してくれないか?」
「……ふざけないで!」
炎が吹きあがる。咄嗟に飛び退けば、拳に炎を纏わせたアーシャが俺に飛び掛かってきた。また大剣を装備されれば元の木阿弥なので大剣を背後に放り投げる。
コロシアムの壁面に突き刺さったのでこの試合中は使い物にならないだろう。
腕ならば簡単に防げるので、拳を弾き、往なし、
おそらくは格闘術も学んでいるんだろう。綺麗な動きをしていた。
だが、あまりにも教科書的すぎる。
異世界で俺を鍛えてくれた人たちが相手なら、むしろチャンスとばかりにぼこぼこにされていただろう。
さすがにそこまではしないが、読みやすい動きというのがこんなにも隙だらけだとは思わなかった。
トトト、と額、胸、腹をつつく。
痛みを感じるようなことはないが、確実に触られたと分かる動きだ。
「どうだ。降参して——」
「殺すッ!」
「何でだ!?」
今のが攻撃だったら確実に戦闘不能だぞ!?
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