第7話 アーシャ

「誤解だ! 落ち着いて話そう!」

「良いわ。アンタを燃やしたら多少は落ち着けると思うの」

「話せないだろ!?」

「性犯罪者とお喋りする趣味はないわ!」

「だから誤解だって言ってんだろ!?」

「うっさい燃えちゃえ!」


 再びの炎が吹き荒れる。避けること自体は可能だが、ラビのステータスが上乗せされた現状、ちょっとした攻撃でも殺しかねない。


 地球の人間とは対人戦なんてやったことないからどのくらい硬いのか分からないのだ。

 このまま避けているだけではじり貧だった。っていうかこれ、放置しとくと部屋が燃やされる……!


「と、とりあえず服を着て——」

「見るな変態!」


 攻撃が苛烈になった。仕方ない。

 ちょっと荒っぽくなるけれど、やるしかない。


「スラぼう、装填!」


 A級モンスターであるトキシック・スライムへと進化したスラぼうは、ステータスの上昇幅も高いが、何よりも強いのは多種多様な毒を生成できる能力だ。

 ガーゴイルの時みたいに強烈な毒を使うことも可能だが、逆にめちゃくちゃ弱い毒を生成することもできる。


超々々ちょうちょうちょう弱い麻痺毒を生成……!」

「ゴチャゴチャ言ってないで大人しく焼けなさい!」

「嫌だよ!」


 少女の放つ炎にわざと腕を近づける。

 物理耐性が強いスラぼうだが、魔法は普通に効く。特に炎熱系は弱点なこともあってジュッと嫌な音がして身体が沸騰する。


 むちゃくちゃ痛いが歯を食いしばって耐える。


「ふん。いつまれも避けりゃれ……ありぇ?」


 得意げに目を細めた少女だが、麻痺毒の効果でろれつが回らなくなっていた。すぐさま体の自由も聞かなくなって、タイル張りの風呂場にくたりと崩れる。


「よし、効いた……っていうか限界まで弱めてこの効き目かよ」


 原理は簡単。

 生成した毒を炎で気化させたのだ。強い炎のお陰で毒は一瞬で部屋を回り、少女はそれを吸いこんだって訳だ。

 俺自身にはスラぼうの毒は効かないのでできる技だった。


「動けにゃい……どぉひて……?」

「申し訳ないけど麻痺してもらった。……とりあえず落ち着こう」


 裸のまま放置するわけにもいかないので寝室に運ぶか、と近づいたところで女の子の瞳がじわりと揺れた。


「こ、来にゃいれ……」

「そうもいかないよ。風邪ひいちゃうでしょ」


 何とか逃れようと身じろぎする少女を横抱きに抱え、ベッドがある部屋に戻る。

 ベッドの上に横たえる。


「わ、わりゃひ、しょの……初めれらの……」

「ん? 何言ってるか分からないな」

「しょんにゃ……! おにぇがい……酷いころしにゃいれぇ……!」


 涙目になった少女に、風呂場にかけてあったタオルをかけてやる。


「とりあえず少し解毒してみるか」


 毒を生成できるってことは、それを分解する薬も生成できるってことだ。

 人体の機微なんて知らないから市販薬みたいな効果を出すのは難しいけれど、スラぼうが作った毒なら完璧に操れるはずだ。


 さっきみたいに炎がだせれば気化させられるんだけど、ベッドの上の女の子は目に涙を溜めながら俺を上目遣いに睨んでいるだけだ。

 落ち着いてきて、きっと恥ずかしくなったんだろう。


「はい、口開けて」

「にゃに!? にゃにすゆの!?」

「抵抗しないで」


 っていうか麻痺で弛緩しているから抵抗できないんだけどね。顎を少しだけ引いて無理やり口を開けさせ、そこに指を入れる。


 ぽとん、ぽとん、と液状の解毒薬を滴下する。


 目をぎゅっとつぶった少女からは、ひうっ、とか、んぅ、とか変な声が出てるけど、解毒薬がマズかったかな?

 味までは調節できないので我慢してもらうしかないんだけど。


「どう? そろそろ喋れると思うんだけど?」

「ひっ……あっ!? ほ、本当だ……ちょっと強張るけど喋れる……身体も動く……!」

「とりあえず廊下に行ってるから服を着てよ。そしたら落ち着いて話そう。それで誤解も解けると思う」


 勝手に宣言して廊下に出ようとしたところで、ドアの前に立っていた高田さんとばったり遇った。


「進藤くん、ごめんね。渡すカギを間違えちゃって——……あー、我が校は自主性を重んじるし、在学中に愛を育むのは悪いことじゃないけれど、出会って5秒で即合体みたいなのはさすがにケダモノすぎると思うよ?」

「どういう誤解してるんですかっ!?」

「いや、だって……」


 高田さんの視線はシーツで身体を隠している少女へと向いていた。


じゃん?」

「ご、誤解ですっ!」

「ははは。若いって素晴らしいね……でも国際問題になるよ?」

「だから誤解……って、国際問題?」

「アーシャ・リヒテン・ヴァレンタイン……現在留学中だけど、れっきとしたお姫様よ?」




 ヴァレンタイン皇国こうこくはオーストリアとスイスに挟まれた独立国だ。

 世界で7番目に小さい国ことからマイナーで、日本での認知度はかなり低いとのことだった。


「たった180平方キロメートルの中に迷宮ダンジョンが12個、ですか……」


 東京よりも狭い面積である。


「そうよ。そのうち2つは国連の定める最高難易度で、日本で言う国定探索者以外は立ち入り禁止レベル。モンスターの間引きも進まないから、いつ迷宮外にモンスターが溢れてもおかしくないってことで、国民の半数がいわゆる迷宮難民になってるわね」


 あれから30分ほどかけて誤解を解いた。

 服を着たアーシャが加勢してくれなかったら俺は今頃性犯罪者としてしょっ引かれていたことだろう。いや、高田さんは何事も無問題モーマンタイみたいなノリだから大丈夫だったかもしれないけど。


「そんなわけで将来有望な探索者の誘致と、自身が迷宮を踏破できるくらいの実力を身につけるためにもアーシャちゃんは留学に来たってワケよ」

「なるほど」


 そのアーシャは現在進行形で顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。


「いやぁ、ごめんねアーシャちゃんも進藤くんも」


 俺は本来201号室に入る予定だったが、高田さんが鍵を取り違えたらしい。

 そのせいでになっているわけだが、まったく悪びれる様子がない辺りさすがである。褒めてないけど。


 ちなみにこの高田さん、学園都市の理事長でした……そりゃ好き勝手振舞うわけだよ。最高権力者の一人じゃん。


「まぁ不幸な事故ってことでお互い水に流そう。ホラ、怪我もなかったわけだし」

「納得いきません! 怪我はなくてもじゃないですか!」


 アーシャの言う通り、202号室は酷い有様だった。

 カーペットやベッドは焼け焦げ、壁にはダブルベッドが搬入できそうな穴が開いていた。


 アーシャの炎によってブチ抜かれた結果である。


「まぁまぁ。部屋が空いてないのは前に説明した通りだし、君たちなら仲良くできるでしょ。さっきも仲良くしすぎなくらいだったように見えたし」

「誤解です! 私はこんな変態となんて御免です!」

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