第5話 迷宮高専

「で、本当は何があったんだい?」


 新宿迷宮ダンジョンの管理を担う迷宮管理機構DMM――通称”ギルド”の一室で俺は取り調べを受けていた。


「だから、俺がガーゴイルを倒した。それだけです」

「はははっ。召喚士がガーゴイルを倒せるなら、私は小指でドラゴンを倒せるね」


 こ、この野郎……!

 俺の取り調べをしているDMMの職員は、俺の証言を欠片も信じていなかった。


 理由は、この世界の召喚士がとにかく弱いから。


「まぁ信じないならそれでいいですよ。俺はB級の魔核をいっぱい持ってますし、『ダンジョン工事団』の皆も証言してくれると思いますけど」


 だいたい俺も皆も犯罪行為をしたわけでもないのに、別室で事情聴取とかちょっと感じが悪すぎる。

 すでに二時間以上拘束されてるし、これ訴えたら勝てる奴だろ。


 話すことはない、とばかりに職員を睨むと、相手もどうつついてもこれ以上の情報は出てこないことを理解したのか、肩を竦めた。


「まぁ、何か連絡してきてよ。これ、名刺」

「あ、結構です」


 ムカついたので名刺を断ってやる。マナー違反だと言われても知ったこっちゃないね。

 職員のこめかみにびきりと青筋が浮かぶが、本当にキレたいのは俺だ。


 ようやくだぞ。

 ようやく皆が助かったってのに訳分からない理由で拘束されて皆とお喋りすらできないんだ。


 何度、ラビを装填して首チョンパしてやろうと思ったことか……ここが異世界だったとっくにやってた。

 あっちは野盗とか犯罪者も多いし、途中でちょっとした戦争にも巻き込まれたからね。


 ちなみにリリティアは俺にしか見えないみたいだけれど、しっかり俺の側にいる。


「報酬の先払いはしましたからね。次は依頼ですよ~」


 とほんわかした口調で微笑みかけてくれたりしてちょっと和む。異世界でも辛くなったらリリティアを眺めて心を落ち着けていたので、鎮静効果は折り紙付きだ。


 ちなみに同時召喚や装填なんかの異世界召喚士としての技能を見せないのもリリティアが関係していた。


 俺の持っている召喚士の情報は良くも悪くも劇物だ。


 彼女の依頼がどんなものだか分からないうちは、むやみに公開すると後でとんでもない目に遭う可能性がある。


 それに。


 地球では意味がないと思われている形見石は、迷宮由来の物とは思えない値段で投げ売りされている。

 うまくやればその形見石でも俺の召喚モンスターを強化できるので、できることなら独占したいのだ。


 まぁパス繋ぐ方法も分からないだろうから見せるくらいなら問題はないんだけどね。


 取調室を出たところで、パンツスーツ姿の女性と行き会った。


「あっ、君が進藤アキラくん?」

「……そうですけど」


 まだ何かあるのかよ、と思わず身構えると、女性は慌てた様子で手を振った。


「違う違う。私はDMMの職員じゃないし、ガーゴイルがどうこうってのの真偽も気にしてないから」

「えっと、それじゃあ何ですか……?」

「もしガーゴイルを倒したってのが事実なら君は強いってことだからね。のよ」


 世界中にある迷宮ダンジョンの数は一万を超えている。

 いくつかは最深部にある迷宮核――特大の魔核――を抜かれて消滅しているが、ほとんどが攻略されていないのが現状である。


 そんな現状を打破するために、国連加盟国が協力して人材育成を行うことになった。


「国際迷宮高専も、そんな学校の一つ、と」

「そうね。一応、海外に設置された他の学校も紹介できるけど、わざわざビザとって留学するのも面倒でしょ?」


 スーツの女性は、そんな迷宮高専のスカウトだった。

 高専、と名前がついているのはスカウトする年齢を少しでも広げるためで、15歳から20歳までの人間を「迷宮攻略のエリート」として育成しているんだとか。


「試験はあるけど、合格すればすごいわよ?」


 曰く、在学中から給与が出る。

 曰く、一般人の立ち入りが禁止されている危険な迷宮も探索し放題。

 曰く、公にされていない迷宮やジョブに関する情報も学べる。


「……で、そんなところにわざわざ俺をスカウトですか」

「そうそう。先に解放されていた『ダンジョン工事団』の人たちからあなたのことを聞いたのよ」


 少なくとも俺と『ダンジョン工事団』の皆は、ガーゴイルがいたことや、それを俺が倒したことをきちんと理解してるからな。


「ぶっちゃけスカウト枠が余ってて困ってるし、ここは面白――こほん。現在、あまり強くないと見做されている召喚士をスカウトしてみようと思って」


 うわぁ……本音を隠す気ゼロだよこの人。

 断るべきか、それとも受け入れるべきか……。


『強制はしませんけど、受けた方がメリットは大きいですねぇ』


 未来を視てきたらしいリリティアの言葉に、さらに唸ってしまう。

 今までは召喚士として味噌っかすみたいな扱いだったのだ。すごいとこに入ってエリートになれるならそれは嬉しい。

 でも、迷宮高専に入るってことは『ダンジョン工事団』と離れるってことだ。

 悩んでいると、背後からひょっこりカズマさんが顔を出した。


「良いじゃねぇか。受けてみろよ」

「カズマさん!?」

「進藤に何があったかは知らねぇけどよ。ガーゴイルを単独討伐できるほど強いのに『ダンジョン工事団Dランクパーティ』の荷物持ちなんて宝の持ち腐れだ」


 カズマさんはそう言ってニカっと笑った。


「有名になってくれよ。『あいつは俺が育てた』って自慢できるくらいにな」

「はははっ。電話一本でいつでも荷物持ちに行きますよ」

「決まったみたいね。それじゃ行こうか」

「どこにです?」

「ラブホ」

「ヴァッ!?」

「ぶへっ!?」

「嘘よ。進藤くんのお家」

「進藤! ついに春が来たな!」

「ななな、何で!? エッ!? どういうこと!?」

「何を盛り上がってるの? 迷宮高専に編入するならご家族に説明して、許可を取らないといけないでしょ?」

「いやアンタの冗談のせいだよ!?」


 ラブホのあとで自宅って言われたらを想像するだろ!?


「ふふふっ。この程度で驚いてると、高専に入ったあと心がもたないわよ?」

「エッ!? 学校だろ!? 何で!?」

「入ってからのお楽しみ~」


 かくて、俺は迷宮高専の編入試験を受けることになった。

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