第4話 装填

 基本的に召喚モンスターの攻撃は、召喚士本人には効かない。

 スラぼうだって俺のことを溶かしたりはしないし、他のモンスターもそれは一緒だ。


「脚や腕、胴体や頭……装填ジャンクションしたい部位の血液を召喚獣に摂取させるんだ」

「おおっ!? な、なんか変な感覚が……!」

「パスが繋がったんだろう。後はモンスターの名前を呼んで装填ジャンクションと唱えれば完璧だ」


 どうやら装填ジャンクションというのは、いわゆる装備みたいなものらしい。

 ……常識がブチ壊されてあまり実感が湧かないが、地球の召喚士は装備をせずに戦っている状態だ。

 例えるなら、銃で殴りつけようとしていたようなものだ。


「二か所以上にパスをつないだ場合は、装填・腕とかって指定してやれば良い」

「なるほど……なんか、色々ありがとうございました」

「良いってことよ。召喚士はただでさえ強い力を持ってるからな……勘違いとはいえ突っかかって嫌な思いさせちまった詫びだと思ってくれ」

「えっと、お名前は……」

「俺様はブラスト。一応、この街では召喚士の顔役やらせてもらってる」

「俺はアキラって言います! 本当にありがとうございました」


 ブラストさんはがはは、と豪快に笑うと銀貨を一枚、指ではじいた。


「召喚士の腕輪は買っとけ。余った金で低ランクの召喚獣も見繕え」

「……はい! ありがとうございます!」


 異世界に来たばかりで金なんてまったくないので、ありがたく受け取っておく。ブラストさんが投げてよこしたってことはこれで腕輪の代金には足りるってことだろうし。


 復活したスラぼうを連れて復魔屋を後にする。

 すぐ近くで露店を見かけたので適当に物色して銀の腕輪をゲットした。店主さん曰く、デザインの差があるだけでどれを選んでも大した差はないらしかった。


 せいぜいが、魔宝石がないのにくぼみがたくさんの腕輪をしてたら見栄っ張りだと思われるとか、その程度だった。


 育成や装填など色んなことができる召喚士だが、自分が契約できる数と、一度に召喚できる数は完全に才能依存だとのことだ。

 建国にも関わった伝説の召喚士は七体同時召喚が可能だったらしいが、普通は1~3体。それ以上は状況や戦う相手に応じて使い分けるのが一般的、らしい。


 ちなみに魔法石はパスをつないだ召喚モンスターから貰える。俺の腕輪にはスラぼうから貰った空色の魔宝石が嵌まっている。


 あとは召喚士ギルドに行って召喚獣を買う。

 どのモンスターをどこに装填すれば良いのかは店の人と相談するしかないだろう。


 カズマさん達を助けるためには、ガーゴイルを撃破するだけの力を手に入れる必要があった。


 ――

 ――――

 ――――――

 ――――

 ――


 それからが経った。

 つい先ほど、リリティアから連絡(?)があった。そろそろ限界とのことだったので、俺は人気のない森で呼び戻される時間を待っていた。

 左の手首には魔宝石が嵌められた腕輪が静かに輝いている。


 できることはやった。


 付け焼刃でしかないけれど、装填を使いこなす訓練もした。


 あとは全力で戦うだけだった。

 ……絶対に助ける。

 ぐっと拳を握ったところで、目の前に虹色の渦巻が発生した


『すみません……永く封印された精神だけではこれが限界でした』

「いや、謝らないでほしい。リリティアのお陰で救うチャンスをもらったんだ」


 カズマさんたちは死んでいたし、俺だって間違いなく死ぬところだった。

 感謝こそすれど、責めるなんてありえなかった。


「……行くぞ」


 渦巻に足を踏み入れた。


 俺が現れたのは、リリティアが封印されていた空間だった。目の前には戦斧を振り上げたシュンさんがいる。

 暗がりになっていて見えづらいが、上空からガーゴイルが迫るところで固まっていた。

 俺の姿を探したが、どこにも見当たらない。

 たしかあの時は最後尾にいたはずなんだけど。


「リリティア。”俺”はどこにいるんだ?」

『タイムパラドクスが生じないように、同じタイミングに存在できるのは一人なんですよ』

「タイムパラドクス……?」

『時間の系統樹を枝葉から幹に跳び移ることで生じる揺らぎ、とでも言えば分かりますか?』

「……ごめん、ひとかけらも分からなかった」


 苦笑したリリティアが気を取り直す。


『それでは準備は良いですか?』

「頼む」

『3、2、1――』


 カウントダウンに続いて、世界に音が戻ってきた。

 ガーゴイルが迫る。


「――スラぼう、装填」


 右腕に装填したスラぼうで、死角から放たれたガーゴイルの攻撃をすべて防いた。


「げぎゃっ?!」

「ウワッ!? 気を付けろ! ガーゴイルだ!」

「なっ、アキラ!? なんで一番前に――」

「皆離れててください――ラビ、装填」


 装填すると身体能力を底上げしてくれるだけでなく、召喚モンスターの特徴を引き継ぐ。

 スラぼうならば物理攻撃に高い耐性ができるので、それでガーゴイルの攻撃を防いだのだ。


 右腕が防御のための装填ならば、左腕は攻撃のための装填だ。

 ラビの種族名は『ヴォーパルラビット』。

 かわいらしい見た目とは裏腹に、ブレード状の耳で人間の頸動脈を切り裂く凶悪なモンスターである。


 日本では見つかってないモンスターなので俺の体感になるが、ランクはB級。ガーゴイルに匹敵する凶悪さのモンスターである。

 そしてその能力は——


一撃必殺クリティカル


 ザリリリリリリィ!!!!


 金属を無理やり削るような耳障りな音が響き、俺の拳から放たれた斬撃がガーゴイルの首を削っていく。

 二年かけて育成し続けたキックラビットは、俺の期待通りにガーゴイルを無理やり押し切れるほどのパワーを持っていた。


「ゲギャッ!? ガガガガガッ!?」


 何とか俺の拳を退かそうとするガーゴイルだが、爪も尻尾も右腕で完全に防げる。その上、モンスターであるトキシック・スライムは相手に病毒を付与し、攻撃した部分を酸で蝕んでいく。


「ゲガアァ!?」


 反撃するまでもなくガーゴイルの腕がぼろぼろに崩れていく。

 結局。

 四肢が崩れ、頭部を一撃必殺クリティカルで跳ね飛ばされてガーゴイルは死んだ。

 ざ、と砂のように崩れていき、中から深紅の魔核が顔を覗かせる。


『今なら外に出られますよ……封印対象の私は、すでに封印から抜けていますからね』

「カズマさん! 詳しい話はあとで! すぐに帰還しましょう!」

「お、おう!」


 俺の言葉が合図になったのか、『ダンジョン工事団』の皆は駆け足で出口に向かってくれた。

 ……良かった。誰もケガしてない。

 涙が出そうになるのを必死でこらえていると、部屋の天井付近で飾りになっていたガーゴイルたちが一斉に動き出した。


「うお!? 全部ガーゴイルだぞ!?」

「アキラ、早く――」

。カズマさんは地上に戻って救援を呼んできてください!」


 本当は救援など要らないが、逃げながら皆を守るより、ここで殲滅した方が早いからね。


「お願いします!」

「クソォ! 絶対に死ぬなよ! 死んだらぶっ殺すからな!」


 歯を食いしばり、本気で俺を心配してくれるカズマさんに苦笑する。

 ……みんなが無事で本当に良かった。


「さて、ここから先は完全な八つ当たりだ」

「ゲギャ!」「ガァガァ!」「ゲギギギッ!」


 異世界での二年間、『ダンジョン工事団みんな』が殺される夢を何度見たことか……ここでトラウマを払拭させてもらう。


「完膚なきまでに叩き潰してやるよ……お前らと違っていたぶる趣味はない」


 だから。


「――安心して死ね」





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