第3話 異世界の常識

「先払い! それでカズマさんたちを助けられるのか!?」

「あなた次第です。”大いなる流れ”に合流してしまった魂を呼び戻す術はありませんが、あなた自身を送ることはできます」

「俺が戻っても役に立たねぇよ! 俺は最弱の召喚士なんだぞ!?」


 戻ってカズマさん達の盾になっても、せいぜい1秒か、運が良くても5秒稼ぐくらいしかできないだろう。

 ガーゴイルというモンスターはそのくらい強い。


「そうですね……それでは、まず鍛えて来ては如何ですか?」

「……は?」

「言ったでしょう。私は時空を司る神。時空とは――時間とです」


 言いながらリリティアが手を差し伸べると、何もない空間に虹色の渦が生まれた。


「私は力が続く限りここの時間を止めましょう。あなたはを通り、召喚士の真の力を学んでください」

「……なんで俺にそこまでしてくれるんだ?」


 こいつ一人なら、とっくにここから逃げ出せてるんじゃないのか?

 どこに封印されているのかは知らないが、身体の解放だって俺なんかじゃなくて、S級かA級のランカーたちに依頼した方がずっと確実だろう。

 俺の問いかけに、リリティアが微笑む。


「未来を視ました。――あなたが、私を助けてくれる未来を」

「……分かった」

「長年封印されていた影響で、私には”力”がほとんどありません……なるべく早く召喚士の真の力を学んできてください」


 頷いて、渦巻きへと歩みを進めた。

 

 ぐにゃりと視界が歪み、次の瞬間には見たこともない街に降り立っていた。

 石造りの街並みはヨーロッパ風、といわれれば納得してしまう風景だが、空に浮かぶ二つの月と、通りを歩く人の中に角や獣耳が混ざっている時点で地球ではないだろう。


「……空間って、そういうことか」


 異次元。あるいは異空間。

 ゲームやラノベで言うところの異世界に降り立ったようだった。

 不思議と、驚きはなかった。


 果物や野菜が並ぶ露店。香ばしい匂いを漂わせる串焼き屋。アクセサリーや武器が適当に並べられた茣蓙ござ


 ぷるん、と足元に弾力を感じた。視線を向ければ、そこにはスラぼうがいた。


「……さっきはありがとうな」


 抱き上げて肩に載せると、ぷるぷると震えた。

 さて、異世界とか意味わからないし怖いけれど、時間を無駄遣いしている暇はない。

 俺が召喚できるのはスラぼうだけなのだ。何とかしてコイツを強くしなければならない。


 とりあえず召喚士に関連した情報が集まるところを探さねばならないだろう。

 ……物語だと、ギルドとかがあるのがセオリーではあるんだけど。


 小走りに通りを進む。

 と、スキンヘッドの大男と目が合った。2メートル近い大剣を背負っているのでおそらくは”大剣士”だろう。


「おい、お前!」

「……俺ですか?」

「お前以外にいねぇだろうが! 何で召喚獣を連れてやがる!」

「何でって……召喚士だからですけど」

「馬鹿にしてんのか!?」

「は、離してください! 俺はガーゴイルを倒せるようにならないといけないんだ!」


 大男は俺を突き飛ばす。

 それから腕輪をジャラリと慣らして腕を構えた。


「ファイアリザード、召喚!」


 腕輪についた宝石が光り、ファイアリザードが現れた。大型犬ほどもある巨大なトカゲだ。ただし背中はチロチロと燃えているし、炎を吐く。

 たしか、モンスターランクはCだったはずだ。『ダンジョン工事団』の皆はDランクだったので、カズマさんやシュンさんでも敵わない強敵である。



「なっ!?」

「今更ビビっても遅ぇぞ。――装填ジャンクション


 ファイアリザードが細かな光の粒になって男の身体に吸い込まれて消えた。

 代わりに、男の拳から炎が漏れていた。


「ッ!!」


 男は動けないでいる俺のすぐ近くで拳を振り抜いた。

 ボウッ!

 炎が吹きあがり、肩に載っていたスラぼうが一瞬で蒸発した。


 からん、と小さな石――形見石かたみいしが転がる。


 召喚モンスターが倒された時に残すもので、何に使えるのかも不明な石だ。

 地面を転がるスラぼうの形見石に、呆然とする。


 たった一体しかいない俺の召喚モンスターが倒されたしまったのだ。

 それじゃあ、これから俺はどうやって強くなればいい……?

 どうやってカズマさんたちを救えば良いんだ……!


「これに懲りたら……ってウォ!? 何で泣いてるんだ!?」

「……ごめん、カズマさん……助けられない……死なせてしまう……!」

「死なせるって、そのスライムか? 復魔ふくま屋に行って蘇生してもらえよ」

「……蘇生……?」


 ぼろぼろと涙を零したまま大男を見つめると、バツの悪そうな顔をした。

 美味しくないものを思い切り噛んでしまったような表情だ。


「復魔屋も知らねぇって、ド田舎の出身かよ……まさか、街中で許可なく召喚獣を出してるのがってのも知らなかったのか?」

「……知らなかった、です……それより、スラぼうは生き返るんですか!?」

「俺様ともあろうものが、常識知らずの田舎者をイジメちまってたのか……」


 大男はぼりぼりと後頭部を掻くと、スラぼうの形見石を拾って俺に押し付けた。


「おい、ついてこいよ。……詫びと言っちゃ何だが、スライムの蘇生くらい奢ってやる」

「ッ!」

「ったく。その調子じゃ、召喚士の腕輪も知らねぇな?」

「……ごめんなさい。なんですかそれ」


 大男は自らの腕に嵌められた腕輪を示して見せた。太めの金細工で、宝石が5つはまっている他、宝石をマウントできそうなくぼみがいくつか残っている。


「契約した召喚獣をしまっとく腕輪だ。魔宝石がたくさんついてりゃ、召喚獣をたくさん連れてるってこった」

「えっ!? 召喚獣を複数!?」

「……俺様はもう、お前が腰ミノと石槍で生活してたって聞いても驚かないぞ」


 言いながら、クリスタルみたいな意匠の看板を下げた建物を指で示した。


「ド田舎出身のルーキーに常識を教えてやるくらい構わねぇけどよ、まずはスライムを蘇生させるぞ」




 召喚獣――俺の世界でいうところの召喚モンスターはジョブを取得した時に手に入れたモンスターを育てるしかないと思っていた。

 が、することで増やすこともできるらしい。


「まぁ、ダンジョンのモンスターは頭がおかしくなっちまってるから無理だがな」


 ……そりゃ日本じゃ成功しないわけだよ。ダンジョンが出現した三〇年前は黎明期と呼ばれ、いろんなジョブの特性を手探りで探していた。

 当時は不遇と知られていなかった召喚士もその時に散々検証されたのだ。

 ダンジョン内のモンスターを召喚モンスターにすることができない、と言われているのもその頃の検証結果によるものだった。


 次々に俺の中の常識がぶち壊されていき、俺の脳みそはパンク寸前だった。


・一体しか呼べない → 契約すれば呼べる。でもダンジョンモンスターは無理。


・召喚したらずっと出っ放し → 召喚士の腕輪にしまっとけ。街中で出していいのは許可された奴だけだ。


・死んだら復活しない → 形見石を持って復魔屋に行けば復活する。ランク次第だが、モンスターごとに決まった素材とか魔核を一緒に置いて回復魔法を掛ければ復活する。


・何をしても育成できない → 魔核を食べさせれば成長する。ただし魔核は非常にので粉になるまで砕いて動物性の脂で伸ばさないと無理。


 そんなニッチな条件わかるわけねぇだろ、と叫びたくなるような新常識の数々。

 そりゃ、黎明期の検証班の人たちがどんなに頑張っても見つけられないはずだよ……。

 他にも色々聞いたけれど、中でも一番衝撃的だった召喚士の戦い方についてだった。


「お前さん、その様子だと装填ジャンクションも知らないんだろ?」

「じゃんくしょん……?」

「まぁ、知ってたら召喚士なのになんてありえないもんな」


 召喚士が体を鍛える?

 モンスターに戦わせるんじゃないの?

 

「ばか。召喚士ってのは、世界最強のだぞ?」


 はぁぁぁぁぁ!?!?!?

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