第40話 だらしない、アリー

 テレーズはいつも「散歩」に、プレヴェールをいっしょに連れていっている。彼にいいふくめて、フレデリックには単に散歩がてら旧知に会いにいっているだけなのだ、と伝えてもらうためでもあったが、彼のさまざまな知識が使えたからだ。


 風に舞う蝶をながめて喜んでいるエリザベートの小さな手を引きながら、テレーズはプレヴェールに聞いた。


「アニェスおばさま……スリゼー女公爵はそんなにマルグリット伯母さまが苦手でらっしゃる?」

 プレヴェールは、言葉を選ぶふうに考えながら、静かに答えた。


「ええ。期待されていたご子息が亡くなられましたから……。それから、もともとご性格もそりが合わないように見受けられます。ですが、やはりさすが、穏やかにお付き合いはされておいでです」

「うふふ、でも、お仲間内では悪口ばかりおっしゃっているのね」


 テレーズが肩をすくめて笑うと、プレヴェールは少し軽口を叩いた。


「ええ。クラヴサンはいいものです。弾いていれば、どちらに加担せずともすみます」


 声をあげて笑いながら、スリゼー公爵邸へと向かう。


 スリゼー女公爵はざっくばらんに温かく、テレーズとエリザベートを迎えた。

 その姿勢がテレーズにはありがたかった。


 女公爵はおみやげの花を差しだしたエリザベートを撫でて抱きあげながら、テレーズたちを客間へといざなう。


 そこには、テレーズの双子の兄弟ではないかと噂されるほど似ている同い年の青年が、黒いフリルとレースのシャツに白い上着を着て、不満げにだらしなくソファに座っていた。


 テレーズは噴きだす。


「だらしない、アリー」


 青年をアレクサンドルという。スリゼー女公爵の次男。

 本当に幼いころ、肺の調子を崩して公務にたびたび参加できないことがつづいたテレーズの影武者をしていたこともある。カトライア行きの際にも影武者として同行するのは、兄に何度か打診されたにもかかわらず、「めんどくさい」といってさすがに断った。


「そう。不愉快だからね、テレ」

「すべてが?」

「ああ。だよ!? 。どうしてシャルロットとかカトリーヌじゃだめなわけ? シャルロットはいい。胸と尻がそそるね。カトリーヌも腰つきとかがいい。家が教会になりそうだけど。本心で言えばそこにいるプレヴェールがいちばんいい」

「シャルロットは結婚してるし、わたくしのクラヴサン教師があなたの配偶者なのはわたくしのほうが嫌。でねえ、カトリーヌはあなたよりグランシーニュ侯爵のが良いんですって」

「はっ!?」


 青年は顎が外れんばかりにおどろいた。


「でも、リジーは、あなたのこと大好きみたいよ」


 エリザベートが青年のとなりにすわり、目をくりくりさせながら、彼の腕を抱きしめた。

 

 スリゼー公爵邸から出た。

 なんだかんだいいながらも、青年はテレーズたちを玄関から門前まで見送ってくれた。


「じゃ、お願いね」


 テレーズが青年の肩をたたくと、テレーズそっくりの顔がゆがんだ。


「なにがお願いだ。もう強制だろ」

「いったとおり、婚約期間は長くするから」

「そうしてくれ。この妹好きめ。この僕を十も年下の幼女が好きな変態にして。——ああ、これから滅多にいらっしゃらない、孔雀のようにド派手かつ大食いなお客人様たちが我が家の晩餐ばんさん」に邪魔をし、メシをむさぼり食いたいと抜かすから、いらっしゃる。早く帰れ」 

「だれ? そんな人たち。わかった、帰るわ」


 たしかに、そろそろ日が傾きかけていた。


 テレーズは門を出た。エリザベートとプレヴェールと、きた道を帰ろうとした。

 西日とまではいかないが、そろそろ朱色に染まりつつある太陽が照らすなか、スリゼー公爵邸を離れた。

 道の向かいから、スリゼー公爵邸に停まる馬車を見た。


 ——あの馬車か。お客様が来るのにおうかがいするなんて、アリーやアニェスおばさまに失礼なことをしてしまった。


 あとでびの手紙を書かなければと思ってその場を離れようとした。

 だが、エリザベートが「つかれた」とぐずりだし、それをなだめているうちに、馬車の扉が開いた。

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