第6話 忠誠と賢者(2)
エリザベートの手を握って、二人に向かって手を振った。「レオンにエリザベートを会わせるな」という伯母の言いつけは、この際、忘れるともなく忘れていた。
「伯母さま! レオン! 雪が降りましたね」
伯母は上品に笑顔を作って、「テレーズ、」とゆっくりこちらを振り向いた。
そして、小さいエリザベートを見て、
「……なんでその子を連れて歩いているの?」
と、冷たく引き
伯母の
マルグリットがテレーズの近くに馬を付けた。そして、優美に降りる。上品に笑顔を浮かべて。
「レオン殿には、その育ちの遅れている子を見せないで
テレーズはとっさにエリザベートの耳を両手で覆っていた。
「リジーは……エリザベートはとってもいい子です、笑顔もかわいいし、最近歩くようにもなって、それがとてもうれしくて、……あ、あの、少しですけど、言葉を話すように……」
「姉のひいき目だわ。わたくしとこの国にとっては王家の闇にしか見えない」
母と婚約者が話し込んで、婚約者の顔色がどんどんと悪くなっていくのを見たレオンが、急いで近づいてきた。
「母上、テレーズさま。どうなさいました?」
マルグリットはパッと顔を明るくして、振り向いた。
「なんでもありません、レオン殿。少しテレーズの悩みを聞いていただけです。ね?」
そうして、マルグリットはよちよち歩きの小さなエリザベートの肩をそっと押した。エリザベートはふらつき、雪の中に埋もれた。
「あら。小さい子は転びやすいのだから。見ていなさい、テレーズ。レオン殿のお子をちゃんと育てられる母親にならなければ」
「……リジー!」
テレーズが女官たちと必死にエリザベートを掘り起こす。レオンも自然とその側にやってきて、手伝おうとした。それをマルグリットが制止する。
「レオン殿。雪の日でもご勉学でございます。法学が
「ですが」
「行って、」とテレーズは言う。迷惑をかけてはならない。
エリザベートを引き上げる手がひどくかじかんだ。涙がにじんでくる。
気づけば、テレーズ自身がひどく体が冷え、雪の上にばったりと倒れていた。
足音がして、「テレーズ! リジー!!」と女の声が聞こえた。
――王妃さま。
額に手が当てられた。じんわりと冷たくて気持ちがいい。
「どうしてこんな。女官たちは何をさせているの!?」
「……違うんです。いっしょに、リジーを掘り起こしてました、埋められちゃって……」
「ヴィニュロー公爵夫人にエリザベート王女殿下を雪中に埋められたのですね」
王妃の返事を期待していたのに、その聡明怜悧そうな声は男の声だった。
薄れゆく意識のなか見えたのは、二十代ほどの、月のような金色の髪をした、蒼い瞳の端正な容姿の男。
――スリゼー公爵。
スリゼー公爵は、火がついたように大泣きするエリザベートを片手にひょいと抱き上げ、さらにふらふらしているテレーズをもそっと抱き上げながら言った。
「
スリゼー公爵の一言で、王妃の女官たちが機敏に動いた。テレーズはラ・メール宮殿の自分の居室に戻され、医師が連れてこられ、治療された。エリザベートも一緒に。
マルグリットよりははるかに良識的なのだろう王妃がずっと付き添って、細々と甲斐甲斐しく看病してくれた。
テレーズは泣くしかなかった。熱にうなされていたあいだ、亡くなった母親の膝の上で、エリザベートと一緒に丸くなって昼寝をしている夢を見た。
「テレーズ、ごめんね」
王妃は、目を閉じても咳に苦しむテレーズの、プラチナの豊かな美しい巻き髪を撫でる。
「わたくしが無力で、何も知らなくて」
エリザベートは数日熱を出しただけだったが、テレーズのほうが肺炎になり、長く寝込んだ。
末王女を雪に埋もれさせても、第一王女を肺炎にさせても、マルグリットには何の咎めもなかった。また、レオンはテレーズが肺炎になったことさえ知らされていなかった。
ひそかにテレーズの様子を見に来た彼は、婚約者の病状にひどく狼狽していた。
看病をすると張りつこうとした婚約者を、ヴィニュロー公爵家のものが連れ帰ってすぐ。
「伯母さまは、どうして何も罰されないの。レオンは、どうしてなにも知らされなかったの」
寝台のテレーズがひゅうひゅうと苦しい息の下から問う。
影がぬっと現れた。テレーズの枕辺に花を置いた。
「もし、これを覆したければ、姫殿下が聡くなられ、お力をつけられるしかありませぬ」
見舞いに来たスリゼー公爵は端正に微笑んだ。
テレーズは一ヶ月半ほど寝込み、それ以降、肺が弱くなる。
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