第2話 伯母
テレーズの婚約者はレオンという。
彼の母親はテレーズの父である先王の姉。つまり従兄にあたる。それだけでなく、王家の三つの分家の一つ、ヴィニュロー公爵の嫡子に当たる。
テレーズの兄であり、即位したばかりの国王ロベールはまだ十代半ばで病弱。まだ王妃は迎えていない。
そのため、次期国王には今のところレオンが最も有力なのではないかと言われている。
それを強力に後押ししているのは、そのレオンの母であるマルグリットだった。
降嫁してヴィニュロー公爵夫人となった今も、マルグリットは、父母からの広大な遺産を背景に宮廷で力を持ち、王女として扱われていた。公爵家のなかでも、「殿下」と呼ばれ丁重に
レオンに客間へと連れられたテレーズは、客間のテラスで優雅に茶を喫して座っている伯母を見た。子供のテレーズでも目を見張るほど高級なドレスを着ていた。
「……伯母さま、ごきげんよう」
伯母は振り向き、「テレーズ」と姪のほうを見た。
「来てくれたの? 嬉しいわ。甘いお菓子を取り寄せましたのよ。召し上がって」
その優雅な手が、砂糖菓子がわんさかと詰まった銀の
マルグリットはテレーズに優しかった。生前、テレーズの母の亡き王妃がしきりに、レオンと「結婚」したらマルグリットが母になるのだと告げていた。テレーズは頷きながら、優しいマルグリット伯母さまが母の代わりになるのであれば、とても嬉しいと感じていた。
テレーズは頭を下げる。
「お招きありがとうございます、伯母さま」
マルグリットはテレーズをじっくり見た。そして、まだ幼いテレーズを引き寄せて膝にのせて、頭を撫でる。
「本当に、小さい頃のわたくしそっくり。髪の色は違うけれど」
テレーズのプラチナの巻き髪が、金髪のマルグリットの長い指に絡められた。くすくす、と少女は笑う。マルグリットとテレーズはあまり似ていない。美しい伯母のお世辞だろう。
「わたくしの代わりに、レオン殿の妻になるのよ。テレーズ。レオン殿をお支えするの。そして王妃になりなさい」
テレーズは伯母からそう囁かれた。まるで暗示をかけられるかのように。その時の彼女は少しだけ不思議に思った。
レオンの妻になることはすでに決まっている。妻になれば夫を支えるのは当然だと、亡き母からは厳しく言われていた。レオンが王になるのなら、王妃になるだろう。だけれど。
――わたくしの代わりに?
テレーズは、「母子は結婚できないわ」と一瞬だけ言いかけて、少し黙った。美しい婚約者が、少しだけ
なので、伯母の膝から転がるように離れ、婚約者の手を握った。ひどく冷たかった。
「……大丈夫? 手がひどく冷たいわ!」
彼ははっとしたようにテレーズを見た。長い睫毛をまたたかせて。
マルグリットが目を見開く。
「休みなさい」
「しかし」
「早く! あなたは次期国王になるべきお方。この国の希望、太陽です」
テレーズは優しい伯母が神経質に金切り声を上げるのを聞いて、少し耳をふさいだ。
「あ、あの、伯母さま、たぶん、レオンには、少し温かい飲み物を差し上げれば大丈夫だと思うの。お茶を早く……」
体の弱い兄もよく手先が冷える。そういう時は、温かい飲み物を飲んでいる。
だが、伯母は厳冬のように冷たい目線でテレーズを見下ろした。
「あなたにこの子の何がわかるの?」
びくり、とテレーズは身を縮こまらせた。
「も、申し訳ありません……」
すると、ハッとしたかのようにすぐに伯母が表情を戻した。テレーズの前に膝をつき、小さな姪の頭を撫でた。
「助言してくれてありがとう。小さなテレーズ。……誰か! レオン殿に温かいものを!」
少しだけ美貌の婚約者がテレーズを見た。まるで安心したように。近寄ってきて、
「母上は異常なほど僕に心配性だから……、ありがとう」
テレーズは微苦笑し、つま先立ちして腕を懸命に伸ばして、婚約者の頭をよしよしと撫でた。
使用人が、ワゴンに飲み物を載せてきた。
十一歳と十四歳であったテレーズ王女とヴィニュロー公子レオンは非常に仲睦まじく、「
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