それぞれの想い・後編

 ユリウスとティアナが乗っている馬車は、真っ直ぐランツベルク城へ向かっている最中であった。

「まあ、ノルトマルク卿が。それならお姉様も安心ですわね」

 ユリウスからマルグリットの元へオズヴァルトが向かった話を聞き、ティアナは自分のこと以上に心底安心した。

「ファルケンハウゼン家の人身売買のことも初めて聞きました。薄々何かが起きているのは存じ上げておりましたが……」

 ティアナはユリウスから聞いた生家の悪事に表情を曇らせる。

「ファルケンハウゼン男爵閣下と男爵夫人、それから君の兄は何らかの処罰を受ける可能性がある。……極刑の可能性が高い」

「左様でございますか……」

 ユリウスの言葉にティアナは俯く。

「でも大丈夫。ティアナ嬢と姉君には処罰がないように手配済みだ」

 ユリウスは優しい表情をティアナに向ける。

「ユリウス様……」

 安心したような、どこか申し訳なさそうな、少し複雑な表情のティアナ。

「マルグリットから、ティアナ嬢が両親や兄からどういう扱いを受けていたのかは聞いている。君を虐げるだなんて私も許せない。それに、人身売買にも手を染めていた。到底許されることではない」

 ユリウスのアンバーの目はスッと冷える。

「だけど……君は両親や兄の今後の処遇を気に病むかい? 姉君以外の君の家族を助けなかった私を恨むかい?」

 少し困ったように微笑むユリウス。ティアナに向けるアンバーの目は優しかった。

「そんな、ユリウス様を恨むだなんて絶対にあり得ないことでございます。ユリウス様は、お姉様とわたくしを助けてくださったのですから」

 ティアナはムーンストーンの目を真っ直ぐユリウスに向け、必死に否定した。そして、「ただ……」と目を伏せる。

「助かったことや処罰を受けずに済むことへの安心感と、わたくし達だけ助かって本当に良いのかという思いと……色々と複雑なのでございます」

「ならば、ティアナ嬢の憂いは私が晴らそう。君は何も後ろめたさを感じる必要はない」

 ユリウスはそっとティアナの手を握った。アンバーの目は、真っ直ぐティアナを見つめている。

「ユリウス様……!」

 突然のことに、ティアナの心臓が跳ねる。心なしか、体温が上がった気がした。

「その……ユリウス様は、どうしてわたくしの為にここまでしてくださるのでございますか?」

 するとユリウスは甘く優しい表情になる。

「ティアナ嬢のことを……一人の女性として愛しているからだよ。私は君に一目惚れしたんだ。初めて会ったあの湖畔でね。是非とも君には私の妻になって欲しい」

 アンバーの目は、この上なく優しく真剣であった。

「ユリウス様……!」

 ティアナは頬を赤く染め、ムーンストーンの目を大きく見開く。そして思わずユリウスから目を逸らしてしまう。

「でも、わたくしは男爵令嬢でございます。それに、生家も恐らく取り潰されてしまうので、辺境伯令息であられるユリウス様とは身分が釣り合いません」

「ティアナ嬢の養子入り先は用意してある。君は今後下級貴族の令嬢ではなくて、上級貴族の令嬢になるんだ」

 ゆっくりとティアナに迫るユリウス。

「ですが、罪を犯したファルケンハウゼン男爵家のわたくしが養子入りなど、その上級貴族の家にご迷惑がかかってしいますわ」

 ドキドキしながらも、少し後退あとずさりするティアナ。

「ティアナ嬢の養子入りに関しては国王陛下も絡んでいる。誰も文句は言わないさ」

 更に迫るユリウス。ティアナを見つめるアンバーの目は優しいが、絶対にティアナを逃さない強い意志が感じられた。

 ティアナは完全に逃げ道を塞がれていた。

「……承知いたしました。謹んでお受けいたします。わたくしも、ユリウス様のことをお慕いしておりましたので、嬉しく存じます」

 ティアナは柔らかな笑みを浮かべていた。

 するとユリウスのアンバーの目がキラキラと輝く。

「ティアナ嬢!」

 ユリウスは勢い良くティアナに抱き付いた。マルグリットが見たら発狂しそうな光景である。

「ユリウス様……!」

 ティアナは突然のことに驚いた声をあげる。

「すまない、ティアナ嬢。嬉し過ぎてつい……」

 ユリウスは愛おしそうにティアナを見つめている。

「いえ……わたくしも、嬉しいです」

 ティアナは頬を赤く染め、ムーンストーンの目を嬉しそうに細めた。

 ユリウスはゆっくり優しくティアナを抱き締める。

(ティアナ嬢と想いが通じ合うだなんて……!)

 ユリウスは心の奥底から温かな満足感が溢れ出していた。そして、それと同時にドロドロとした感情もとめどなく溢れている。

(ティアナ嬢……この先も絶対に逃さないよ。私なしでは生きていけなくしてあげるから。覚悟してね愛してるよ、ティアナ嬢)

 満足げなアンバーの目には、光が灯っていなかった。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





 一方、マルグリット達は……。

「オズヴァルト様……ありがとう。貴方が来てくれて……嬉しかったわ」

 馬車の中にて、マルグリットはホッとしたように微笑んでいる。

「礼はユリウスに言ってくれ。あいつが俺にマルグリット嬢を迎えに行くように進言してくれたからな」

 オズヴァルトはフッと笑う。

「あんな男にお礼を言うなんて死んでもごめんだわ。今確かに私を助けてくれているのはオズヴァルト様よ」

 ユリウスの名前を聞きムスッとするマルグリット。

「君らしい答えだな」

 平常運転のマルグリットにオズヴァルトは安心したように口角を上げた。

「……ティアナを売り飛ばす計画を知った時、オズヴァルト様の、『誰かを頼っても良い』という言葉を思い出したから冷静になれたの」

「それは光栄だな」

 オズヴァルトは嬉しそうにフッと口角を上げる。

「それで、今ティアナを確実に守ることが出来るのは、私じゃなくてユリウスだって思ったのよ。悔しいけれど」

 マルグリットは少しムスッとしている。

 それに対してオズヴァルトはハハっと笑う。

「まあユリウスはマルグリット嬢の妹君のことを本気で離すつもりはないみたいだからな」

 フッと笑うオズヴァルト。

「今回、マルグリット嬢が俺の言葉を真っ先に思い出してくれたのは正直嬉しい。だが、今度また困ったことがあれば、ユリウスでなくて真っ先に俺を頼ってくれないか?」

 オズヴァルトは真っ直ぐマルグリットを見ている。アメジストの目は真剣だった。

 その目を見たマルグリットは、ほんのりと頬を赤く染めた。

(オズヴァルト様にこんな気持ちを抱くなんて……!)

 マルグリットの心臓は高鳴っていた。

「ええ。……私にとって困ることがあるのは正直嫌だけれど……もしそうなったら真っ先に貴方を頼るわ。オズヴァルト様」

 マルグリットのターコイズの目は、真っ直ぐオズヴァルトに向けられていた。

 オズヴァルトは満足そうにアメジストの目を細めて笑っていた。

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