それぞれの想い・前編

 馬車の中にて。

「ティアナ嬢、酔ったりはしていないかい? ランツベルク家のいつもの馬車ではないから、君にとって乗り心地もあまり良くないかもしれない」

 心配そうにティアナを見つめるユリウス。落ち着いており、甘く優しい声である。

「いいえ、そんなことはございませんわ。お気遣いありがとうございます」

 ティアナはふわりと微笑む。

 その笑みを見たユリウスは、愛おしそうにアンバーの目を細める。

「お姉様もユリウス様も、いつもわたくしの為に動いてくださり、何とお礼をすればいいか」

 ティアナは柔らかい笑みを浮かべている。マルグリットとユリウスに対する確固たる信頼の現れである。

「ですが、本当は……寂しくもあります。わたくしはいつも守られるだけで何も知らされないので……。少し前にお姉様とユリウス様を信じるといっておきながら、こんな気持ちになってしまうなんて……。お姉様も、落ち着いたら話すと言ってくださっているのに……」

 ティアナのムーンストーンの目は、少し寂しさに染まっていた。

「ティアナ嬢……」

 ユリウスはアンバーの目を真っ直ぐティアナに向けた。

(やはりそろそろティアナ嬢にも何が起きているのかを話しておくべきだな)

 一呼吸置き、ユリウスは話し始める。

「私がティアナ嬢を迎えに来たのは……ティアナ嬢をファルケンハウゼン男爵家当主、つまり君のお父上が……どこかへ売り飛ばそうとしていたからなんだ」

「お父様が……わたくしを……」

 ティアナはムーンストーンの目を大きく見開き驚愕していた。

「それを知った君の姉君……マルグリットが、私に連絡をくれた。ティアナ嬢を助けて欲しいとね」

「マルグリットお姉様が……」

 ティアナは今までのマルグリットの優しさ、自分を守ろうとしてくれていたことを思い出し、胸が込み上げてくる。

 しかし、そこでティアナはハッとする。

「ですが、わたくしを逃したことでお姉様はお父様達に何か酷いことをされたりしないでしょうか……?」

 ティアナのムーンストーンの目は不安に染まる。

 するとユリウスはティアナの不安を払拭するかのように微笑んだ。

「大丈夫。今頃が君の姉君を助けに来ている頃だよ」

 意味ありげな笑みであった。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 ファルケンハウゼン男爵邸の裏口でティアナを見送ったマルグリット。

(とりあえず、ティアナがユリウスあの男の所にいる限りはお父様達も手出しは出来ないでしょうね。……あの男の独占欲は異常だけれど)

 ティアナの安全が確保されたので、マルグリットは苦笑しつつも安堵していた。

 両親や兄、そして他の使用人に見つからないうちに屋敷に戻ろうとした時、見知らぬ馬車が目の前で止まる。

(……何かしら?)

 警戒心を露わにするマルグリット。

 しかし、馬車からは予想外の人物が登場した。

「マルグリット嬢」

 低く野太いが優しい声。

 褐色のふわふわとした癖毛、アメジストのような紫の目。筋肉質でがっしりとした体躯で、厳つく男らしい顔立ちの少年−−オズヴァルトである。

「オズヴァルト様……!」

 マルグリットはターコイズの目を大きく見開いていた。

「どうしてオズヴァルト様が、こんな時間にこんな所に?」

 まるで空気を求める魚のように口をパクパクとさせ、戸惑いを隠し切れないマルグリット。

「ユリウスから事情は聞いている。マルグリット嬢もファルケンハウゼン邸ここにいてはあまり安全とは言えないだろう。姉妹まとめてランツベルク城で保護するそうだ。生憎、ユリウスの馬車は定員オーバーらしくて俺が君を迎えに来た」

 フッと笑うオズヴァルト。実に頼もしそうな笑みである。

 その笑みを見たマルグリットは安心し、力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。

「マルグリット嬢……!」

 オズヴァルトは慌ててマルグリットが地面に倒れ込む前に支える。

「ごめんなさい。……何だか凄くホッとしてしまったの」

 マルグリットは肩の力が抜けたような表情であった。

「よく妹君の為に頑張ったな。もう気を張らなくても大丈夫だ。少し失礼するぞ」

 オズヴァルトは一言断りを入れ、マルグリットを横抱きにして馬車まで運ぶのであった。

(どうしてかしら? ……オズヴァルト様に来ていただけただけで、こんなにも安心してしまうなんて……)

 マルグリットはオズヴァルトに身を委ねた。

 鼓動が速くなっているが、安心感に包まれるマルグリットであった。

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