オズヴァルトの過去

「俺には……妹と弟がいた」

 オズヴァルトは低く落ち着いた声で、ゆっくりと話し始めた。

……ということは、もしかして……」

 マルグリットはターコイズの目を伏せる。

「ああ、マルグリット嬢の想像の通りだ。妹も弟も、六年前に死んだ」

 オズヴァルトは乾いた声だった。

「……俺のせいで死んだんだ」

 自嘲するオズヴァルト。アメジストの目は悲しげであった。






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 時は六年前に遡る。

 オズヴァルトには、三つ年下の妹クラウディアと五つ年下の弟ハルトヴィヒがいた。

 この時オズヴァルトとクラウディアとハルトヴィヒは、両親の領地視察について来ていた。

 ノルトマルク辺境伯領は広大な為、両親はオズヴァルト達に幼いうちから領地を実際に見て学んで欲しいようだ。

 当時の視察先は未曾有の豪雨により被害を受けていた。

 そしてオズヴァルトが弟妹達と領地内にある別邸で過ごしていた時のこと。

「父上、お疲れのようですね。復興は進んでいるのですか?」

 オズヴァルトは少し疲れた様子で帰って来た父リーヌスに聞く。

「ああ、人手が足りていない。この辺りの領民に以前のような生活をさせてやりたいが……」

 リーヌスは表情を曇らせる。

「まだ瓦礫が残っていて、仮住まいの人もいるわ」

 オズヴァルトの母ユーディッドは憂いを帯びた表情である。

 オズヴァルトは少し考えていた。


 その翌日。

 この日はオズヴァルト、クラウディア、ハルトヴィヒは自由に過ごして良い日であった。

「お兄様、どこに行きますの?」

 外出の準備をしていたオズヴァルトに、妹のクラウディアが首を傾げている。ふわふわとした褐色の髪にアメジストのような紫の目の少女だ。

「ああ、復興の手伝いに行こうと思ってな。昨日、父上と母上が大変そうだっただろう。それに、少しでも早く領民に以前の暮らしを取り戻してもらいたい」

 オズヴァルトのアメジストの目は力強い信念が込もっていた。

「流石です兄上!」

 弟のハルトヴィヒはアクアマリンの目を輝かせる。オズヴァルトやクラウディアと同じ、ふわふわとした褐色の髪である。

「ならばわたくしも行きますわ! ノブレス・オブリージュでございます!」

 アメジストの目を輝かせて意気込むクラウディア。

「あ! 僕も行きます! 領民を守れと父上も仰っていますし!」

 アクアマリンの目を真っ直ぐオズヴァルトに向けるハルトヴィヒ。

「クラウディア、ハルトヴィヒ、お前達の気持ちは素晴らしいが……クラウディアはまだ七歳、ハルトヴィヒはまだ五歳で体が小さいだろう。お前達はこの屋敷で待っていてくれ」

 オズヴァルトはフッと優しげにアメジストの目を細める。

 それに対して二人は「えー」と少し不満気であった。

 十歳になったオズヴァルトは平均的な少年よりも遥かに背が高く、体格もがっしりしている。よって瓦礫を片付けるなどの力作業は大人に混じっても問題なく出来るのである。

 それに比べてクラウディアやハルトヴィヒは幼くまだ体が小さかった。力作業をやらせるには少し頼りない。

「この屋敷でも、領民の為に出来ることはたくさんある。お前達が色々勉強することで領地経営がもっと良くなって領民達が富む。これも立派なノブレス・オブリージュだ」

 ニッと歯を見せて頼もしい笑みのオズヴァルト。するとクラウディアもハルトヴィヒも目を輝かせ、屋敷に残り勉強する気になったようだ。

 オズヴァルトは二人のその様子に安心し、復興作業をおこなっている両親の元へ向かった。


 そして悲劇が起こった。


「旦那様! 奥様!」

 視察に連れて来た使用人の一人が血相を変えて様子で復興作業をしている現場にやって来た。

「何があった?」

 父リーヌスは冷静に使用人に聞く。

「それが……まだ地盤が緩んでおりまして、旦那様方が拠点にしている屋敷が土砂で埋もれてしまいました!」

 それを聞いたオズヴァルトは青ざめる。嫌な予感がしていた。

「……クラウディアとハルトヴィヒは無事なのか?」

 なるべく冷静を装い、オズヴァルトは使用人にそう聞いた。

 すると使用人は言いにくそうに目を伏せる。

「クラウディア様とハルトヴィヒ様は……土砂で崩れた屋敷の下敷きに……。他の使用人も数名屋敷に取り残されております」

 それを聞いたオズヴァルトは頭が真っ白になった。

「何てことなの!?」

 母ユーディッドはその場に崩れ落ちる。

 オズヴァルトはその場を駆け出した。

「おい! オズヴァルト! どこへ行く!? 落ち着きなさい!」

 リーヌスの静止も聞かず、オズヴァルトは無我夢中だった。

「申し訳ございません! 少し屋敷から出て……まさかこんなことになってしまうとは!」

 心底申し訳なさそうな使用人である。

「お前のせいではない。とにかくクラウディアとハルトヴィヒ含め、屋敷の下敷きになっている者達を全員救出するぞ。とりあえずお前はオズヴァルトを追ってくれ」

 リーヌスはノルトマルク辺境伯家当主なだけあり、冷静に指示した。

「承知いたしました!」

 使用人は慌ててオズヴァルトを追うのであった。






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(クラウディア! ハルトヴィヒ!)

 オズヴァルトは脇目も振らず無我夢中で屋敷の方へ走っていた。

(どうか無事でいてくれ! 生きていてくれ!)

 必死に願いながら全力以上の力を出して走っていた。

 そして辿り着いた屋敷を見て愕然とする。

 オズヴァルト達が拠点にしていた屋敷は土砂に押し潰され無惨な形になっていた。

「クラウディア! ハルトヴィヒ! 返事してくれ!」

 急いで土砂や瓦礫をどかすオズヴァルト。自分の手が切れようが気にせず無我夢中であった。

 一人では絶対に持てそうもない瓦礫まで何とかしようとするオズヴァルト。

「オズヴァルト様! 無茶です! おやめください! オズヴァルト様もお怪我をされているではありませんか!」

「離してくれ! クラウディアとハルトヴィヒが!」

 必死にオズヴァルトを止めようとする使用人。しかしオズヴァルトは使用人を振り切り土砂や瓦礫をどかそうとしていた。手や腕からは随分と出血しているのにも関わらず。

 しばらくして救助部隊が到着したことにより、オズヴァルトは少しだけ落ち着いた。そして傷を負った手や腕の手当てをされるのであった。


 そして押しつぶされた屋敷の中から、クラウディアとハルトヴィヒの遺体が見つかった。


「クラウディア……ハルトヴィヒ……!」

 膝から崩れ落ち、泣き崩れるユーディッド。リーヌスは彼女の肩に手を置き慰める。自身も愕然とし、悲しげな表情である。

「父上……母上……」

 オズヴァルトの声は震えていた。

「申し訳……ございません。……俺が……クラウディアとハルトヴィヒに……屋敷に残れと言ったから……。それに……他の使用人も……」

 アメジストの目からは涙が零れ落ちる。

「オズヴァルト……お前のせいではない。……お前のせいではない」

 リーヌスはオズヴァルトの肩に震える手を置く。何度も「お前のせいではない」と言ってくれている。

 ユーディッドは涙を流しながらオズヴァルトを抱きしめ、何度も頷いている。

(俺があの時二人と一緒に屋敷の外に出ていれば……。もっと別の選択をしていれば……)

 俯き、涙を流しながら表情を歪めるオズヴァルト。胸の中には後悔の二文字が残るのであった。

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