誰かに頼るという選択
マルグリットはオズヴァルトの話を黙って聞いていた。
「今でも俺は後悔している。あの時別の選択をしていたら、クラウディアもハルトヴィヒも、使用人も命を落とすことはなかったのではないかとな……」
オズヴァルトは自嘲気味に口角を上げる。アメジストの目は悲しみと後悔に染まっていた。
「そんな……」
マルグリットはターコイズの目を伏せる。
(オズヴァルト様……私は何と声を掛けたら良いのかしら?……『貴方のせいではない』と? だけど、そう言われても彼はきっと自分を責め続けてしまうわ……)
上手く言葉が出てこないマルグリット。
隣にいる大柄なオズヴァルトは、今はどことなく小さく見えた。
マルグリットは何も言わず、そんなオズヴァルトのふわふわとした褐色の髪に手を伸ばし、そのまま撫で始めた。
「マルグリット嬢、一体何を……!?」
突然のことに、オズヴァルトはアメジストの目を大きく見開く。
「大人しくしてちょうだい」
ふふっと笑うマルグリット。
「……どうしてこんなことを?」
「さあ? 分からないわ。何となく……オズヴァルト様にこうした方が良いと思ったのよ」
ターコイズの目を優しく細めるマルグリット。まるで聖母のようだった。
その笑みを見て、オズヴァルトの心はほんの少しだけ楽になったように気がした。
「……俺は君より年上なのだが」
少し恥ずかしげに苦笑するオズヴァルト。
「姉としての気質かしら? 小さい頃ティアナが落ち込んだ時、よくこうして頭を撫でたものよ」
ふふっと懐かしげに笑うマルグリット。
「俺も一応兄ではあったぞ」
オズヴァルトはアメジストの目をフッと細めた。
決定的に何かが変わったわけではない。しかし、オズヴァルトにとっては
気持ちが落ち着き、オズヴァルトは真っ直ぐマルグリットを見る。
「マルグリット嬢は、妹君に何があったらきっと後悔するだろうな」
「当たり前よ。ティアナに何も起こらないよう、私が守らないといけないのだから」
マルグリットは強く拳握り締め、真っ直ぐオズヴァルトを見返す。
「でも、一人で妹君を守ろうと頑張っていないか? 全てを一人でやろうとしていないか?」
「それは……」
マルグリットはハッとする。
「お父様もお母様もお兄様もティアナを虐げるばかりだし、私がどうにかするしかないのよ。人身売買で受ける処罰も、せめてティアナだけは……」
マルグリットは俯く。
「今までは、そうだったな。でも、今は違うと思う。マルグリット嬢、君はもっと周囲に頼って欲しい。それに俺は君に、かつての俺と同じ思いをして欲しくないんだ」
オズヴァルトのアメジストの目は、真っ直ぐマルグリットを見つめていた。真剣な目である。
「オズヴァルト様……」
オズヴァルトの言葉は、マルグリットの心にスッと染み渡った。凍てついた空間に、暖かな光が差し込んだような感覚である。
「俺はマルグリット嬢の力になりたいと思っている。それに、君にとっては不本意かもしれないが、ユリウスもかなり頼もしいぞ。あいつが抱く、君の妹君への想いは本物だ」
フッと笑うオズヴァルト。
「ええ、ありがとう」
マルグリットは柔らかな笑みである。何かが吹っ切れた様子である。
「私、ティアナのことを全て一人で守ろうとしていたのかもしれないわ。でも、あの男に頼るのは何だか癪ね」
すっかりいつも通りのマルグリットだ。それを見たオズヴァルトは安心したように、そして楽しそうに笑う。
「君らしいな」
二人共、どこかスッキリとした表情である。
「お姉様!」
「オズヴァルト!」
その時、少し遠くからティアナとユリウスが二人を呼ぶ。
ティアナは白猫のシュネーを抱き上げながら、ふわりと可愛らしい笑みをマルグリットに向けている。ユリウスはそんなティアナを優しく見つめていた。
「本当に相変わらずね」
「そうだな」
マルグリットとオズヴァルトは互いに目を見合わせて、笑っていた。
「イェルクが
ユリウスがマルグリットとオズヴァルトに呼び掛ける。
後ろにいるユリウスの侍従イェルクは大きな箱型の機械を持っていた。恐らくそれが
「写真か、良いな。マルグリット嬢、行こう」
「そうね。ティアナの望みなら」
マルグリットはクスッと笑い、オズヴァルトと共にティアナ達の元へ向かった。
「ちょっと、どうして貴方がティアナの隣を陣取ってるのよ!」
「別に良いだろう。ティアナ嬢の隣くらい。それに、反対側の隣が空いているじゃないか。わざわざ空けてやったというのに」
「何なのよその上から目線は!」
写真を撮る際の位置でマルグリットとユリウスが揉めていた。いつも通りの光景に、ティアナもオズヴァルトも笑っている。
シュネーを抱くティアナの両隣には、マルグリットとユリウスが張り合うように陣取る。そしてマルグリットの隣には、三人を見守るかのようなオズヴァルト。
その様子をイェルクが写真に撮るのであった。
後日、その写真は四人分焼き増しされていた。
マルグリットとユリウスは、ティアナと共に写るその写真を大切にするのであった。
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