過去の後悔、眩しい存在

『お兄様! こちらですよー!』

 まだ幼い妹が前方から振り返り、あどけない笑顔で自分を呼んでいる。ふわふわとした褐色の癖毛にアメジストのような紫の目の少女だ。

『兄上! 早く来てください!』

 まだ幼い弟が懸命に自分を呼んでいる。少女と同じくふわふわとした褐色の癖毛、アクアマリンのような青い目の少年だ。

 その時、二人の後ろから闇が生まれる。闇は大きくなり、二人に襲いかかった。

(やめろ! 待ってくれ!)

 手を伸ばすが間に合わない。

 二人は闇に呑まれてしまった。


 オズヴァルトはハッと目を覚ます。

「……あいつらの夢を見るとはな。……クラウディア……ハルトヴィヒ……」

 オズヴァルトは苦笑し、そのまま起き上がる。

 すると、扉がノックされる音が聞こえた。

「オズヴァルト様、起きていらっしゃいますでしょうか?」

 オズヴァルトの侍従である。

「ああ、起きているぞ。入ってくれて構わない」

 オズヴァルトは侍従を部屋に入れ、朝の支度を始めた。

「オズヴァルト様、本日はノルトマルク家の騎士団と共にランツベルク領へ向かわれるのですね」

「ああ、ランツベルク辺境伯家の騎士団と数日間に渡る合同練習だ。それに、ユリウスやランツベルク辺境伯閣下とも情報交換をおこなう」

 凛とした表情でそう答えるオズヴァルトであった。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 ガーメニー王国北東部にあるノルトマルク辺境伯領から王国南東部にあるランツベルク辺境伯領へ向かうには、馬車だと数日かかる。よって鉄道を利用して移動する。

 ランツベルク領の鉄道駅には、迎えの馬車が数台来ていた。

 オズヴァルト達はその馬車に乗り込み、ランツベルク城へ向かう。

「やあ、オズヴァルト。君達の部屋を用意してある。準備出来次第合同練習を始めようか」

「ああ、ユリウス。いつもすまないな」

「同じ辺境伯家同士だ。協力体制は築いておきたい」

 オズヴァルトはユリウスと軽く挨拶を交わした後、引き連れた騎士達と準備をして合同練習を開始した。


「オズヴァルト、剣術の腕を上げたね」

「そりゃどうも。でも、まだ俺はお前に勝てたことないぞ、ユリウス」

 オズヴァルトはフッと口角を上げた。

 休憩中、オズヴァルトはユリウスと軽口を叩き合っている。

「そうだ、オズヴァルト、明後日は騎士団の練習が休みだ。せっかくだからランツベルク領とファルケンハウゼン領の境界にある湖へ行かないか? ティアナ嬢と彼女の姉君も来るんだ。一応ティアナ嬢の姉君とファルケンハウゼン男爵家の人身売買について色々話す予定でもあるけれど」

 意味ありげにニヤリと笑うユリウス。

「マルグリット嬢か……」

 どこか遠くを見つめているオズヴァルト。

「まあ良いだろう」

 オズヴァルトはフッと微かに口角を上げた。






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 そして二日が経過し、マルグリット達と会う日になった。

 湖には既にマルグリットとティアナが到着している。

 二人とも白猫のシュネーと戯れている様子であった。

「やあ、ティアナ嬢。待たせてごめんね」

 ユリウスはティアナに紳士的で甘い笑みを向けた。アンバーの目はこの上なく優しい。

「ユリウス様」

 ティアナは少し嬉しそうに、ムーンストーンの目を輝かせている。

「貴方なんか一生来なくても良かったわ」

 ティアナの隣にいたマルグリットはいつもより機嫌が悪そうである。いつも以上にユリウスへの敵愾心を露わにしていた。

「私も別に君に会いに来たわけじゃないさ」

 憎まれ口を叩くユリウスを

「別に私に会いに来なくても結構。それより、私の可愛いティアナを貴方みたいな男と二人きりにするわけにはいかないわ」

 ティアナの前に庇い立つマルグリット。

「お姉様もユリウス様も落ち着いてください。ノルトマルク卿もいらしていることですし」

 シュネーを抱いているティアナがやんわりと二人を宥める。

 シュネーも以前より大きくなっており、もうすぐ大人である。しかしまだ甘えん坊なのか、シュネーは「にゃー」と鳴き、抱かれたままティアナに体をすり寄せている。

「……何だか猫のシュネーが羨ましいな」

 ユリウスはボソッと呟いた。

「ユリウス、お前なあ……猫相手に嫉妬するなよ」

 それに対してオズヴァルトは苦笑した。

「ご機嫌よう、オズヴァルト様。今日もこの男の相手は大変でしょう」

 オズヴァルトに挨拶をするマルグリット。ユリウスへの攻撃も忘れていない。

「本当に君は私に失礼だね」

 ユリウスは苦笑する。

「マルグリット嬢、俺は特に大丈夫だ。ユリウスとは旧知の中だからな」

 オズヴァルトはハハっと笑った。


 その後、マルグリットとユリウスの攻防戦があったものの、マルグリットとオズヴァルト、ティアナとユリウスに分かれていた。

「ティアナは大丈夫かしら……?」

 心配そうにため息をつくマルグリット。

「ユリウスも君の妹君に対しては特に変なことはしないと思うぞ」

 オズヴァルトはフッと笑う。

「……ティアナがあの男といて幸せなのなら……それで良いと思うけれど……」

 マルグリットは俯いて唇を噛み締める。

「寂しい……か?」

「え……?」

 マルグリットはオズヴァルトからの言葉にターコイズの目を見開く。

「ユリウスに妹君を取られたみたいで寂しいのかと思って」

 オズヴァルトのアメジストの目は、マルグリットを見守るかのようである。

「別に取られてないわよ! でも……そうね。そうなのかもしれないわ。ティアナが私から離れてしまうのは……寂しいわね」

 マルグリットは胸の中に何かがストンと落ちたような感覚になった。

「ティアナには私よりも幸せになってもらいたい、ティアナと一緒にいたい、ティアナを守りたい、その気持ちばかりよ。だってティアナは私の可愛い妹だもの」

 マルグリットはスッキリとした表情である。

「そう……か」

 オズヴァルトはフッと笑った。しかし、アメジストの目はどこか悲しげである。

 マルグリットはそれを見逃さなかった。

「オズヴァルト様? 何故なぜそんな風に笑うのかしら?」

「そんな風に……とは?」

「あら、自覚がないのね。オズヴァルト様、少し悲しそうよ」

 マルグリットのターコイズの目は、真っ直ぐオズヴァルトを見ている。

「悲しい……か」

 オズヴァルトは俯いて、かつての自分を思い出す。

(確かに悲しい。あの時別の選択をしていたらという後悔ばかりだ……)

 オズヴァルトはふと顔を上げ、マルグリットに目を向けた。

(マルグリット嬢……君はもしかしたらかつての俺が出来なかったことをしようとしているのかもしれない)

 目の前にいるマルグリットは、オズヴァルトにとって眩しく見えた。

「マルグリット嬢……君に……聞いて欲しいことがある」

 オズヴァルトはゆっくりと自身のことを話し始めた。

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