それは一体誰のことかしら?

 ファルケンハウゼン男爵邸、ティアナの自室にて。

 ここ最近、ティアナはほんの少し物思いにふけることが増えていた。

(ユリウス様……)

 サラサラとしたストロベリーブロンドの髪。優しげなアンバーの目。鼻から頬周りにあるうっすらとしたそばかす。そして見目麗しいだけでなく、ティアナに対しては紳士的な態度。

 ユリウスの優しい笑みは、ティアナにとって春の木漏れ日のようであった。

(素敵な方だけど、わたくしのようなしがない男爵家の者が想いを寄せて良い存在ではないわよね)

 ティアナは軽くため息をついた。

 窓を開けていたので風が中に入り、ティアナのダークブロンドのウェーブがかった髪がふわりと靡く。

(それに……)

 ティアナはあることを思い出す。

 姉のマルグリットとユリウスのやり取りである。

(お姉様とユリウス様は、遠慮のないやり取りをしているわ。きっとあのお二人は気が合うのよね。ユリウス様は、はっきりとした態度のお姉様の方がきっとお似合いだわ。もしかして、ユリウス様はお姉様の気を引く為にわたくしに優しくしてくださるのかしら?)

 ティアナのムーンストーンの目はどこか切なげであった。

「あら? ティアナ、浮かない顔ね。どうかしたの?」

「マルグリットお姉様!」

 ティアナは自室に入って来たマルグリットに驚き、ムーンストーンの目を大きく見開いた。

「ごめんなさい、ノックをしたのだけれど反応がなかったから心配になったのよ」

 申し訳なさそうにターコイズの目を細めるマルグリット。

 再び風が部屋に入り、マルグリットの真っ直ぐ伸びたブロンドの髪がサラリと靡いた。

「申し訳ございません、少し考え事をしておりました」

 ティアナは控えめに微笑む。

「良いのよ、ティアナは何も気にすることはないわ」

 マルグリットは優しくティアナの頭を撫でる。

「それにしても、やっぱりティアナは可愛らしいわ! 流石は私の妹!」

 マルグリットはギュッとティアナに抱きついた。

「お姉様、その、苦しいです」

 ティアナは少し苦笑した。

「それで、何に悩んでいたの? お父様、お母様、お兄様のことなら私がガツンと懲らしめてあげるわ」

 マルグリットは力強く微笑む。

「ありがとうございます、お姉様。ですがそうではなくて……」

 ティアナは少し頬を染めて俯く。

「ティアナ?」

 マルグリットは心配そうにティアナの顔を覗き込む。

「あの、お姉様はユリウス様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」

 上目遣いでおずおずと控え目なティアナ。それがまた天使のようであった。普段なら思わず抱きついてしまうマルグリットではあるが、ティアナからのとんでもない質問にターコイズの目が点になる。

「はい……?」

「マルグリットお姉様は、もしかしてユリウス様のことを好いていらっしゃるのですか? それに、もしかしてユリウス様もお姉様のことを……」

 本当にマルグリットにとってはとんでもない質問であった。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 マルグリットは卒倒しそうになった。

「あの、お姉様……?」

 オロオロするティアナ。

「ティアナ、そんなこと天地がひっくり返ってもあるわけないわ! 私があの男を!? 死んでもあり得ない! 向こうから頭を下げられてもお断りよ! それにあの男も私のことなんて何とも思ってないわよ! 逆に思われていたら気持ち悪いわ!」

 物凄い勢いで前のめりになるマルグリットである。

「そ、そうなのですね」

 ティアナは少し後退あとずさり気味である。

「ええ、そうよ!」

 マルグリットはクワッとターコイズの目を見開いている。

「そう……ですか」

 ティアナは少し安心したような表情になる。それを見たマルグリットは嫌な予感がした。

「ねえ、ティアナ……貴女もしかして……あの男のことが……」

 するとティアナは頬を赤く染めて頷く。

「……はい。分不相応なのは承知ですが……わたくしはユリウス様が……好きです」

 それを聞いたマルグリットはいよいよ卒倒してしまう。

「お姉様!?」

 ティアナは倒れたマルグリットに駆け寄る。

「まさかそうなるとは……」

 マルグリットにとってある意味一番起こって欲しくないことであった。

「ティアナ、どうしてあの男なの?」

 マルグリットは体を起こし、恐る恐る聞いてみた。

「その……ユリウス様は、初めてお会いした時からお優しくて紳士的で……春の木漏れ日のようなお方でした」

 ほんのり頬を赤く染め、はにかみながら話すティアナ。とても可愛らしいのだが、今のマルグリットにそう感じる余裕はない。

「優しく紳士的で春の木漏れ日……それは一体誰のことかしら? ねえティアナ、それは本当にあの男のこと?」

 ユリウスがティアナに並々ならぬ想いを寄せているのは知っているが、マルグリットの知るユリウスとティアナの知るユリウスには乖離があった。

「はい。ただ、お姉様とユリウス様の遠慮のないやり取りを見たら、やはりユリウス様はお姉様といた方が心休まるのかなと思ってしまいまして……」

 ティアナは少し目を伏せる。

「少なくとも、私とあの男はお互いあり得ないと思っているわ……」

 マルグリットは遠い目をしながらそう答えた。

(ティアナには是非とも幸せになってもらいたいわ。だけど、ユリウスあの男の独占欲はとんでもない。ティアナはそれに耐えられるのかしら?)

 マルグリットの心配事は増えるのであった。

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