ユリウスの計画

 ある日の夜、ランツベルク城にて。

「父上、ファルケンハウゼン男爵家の人身売買の摘発についてですが、もう少し待っていただけませんか?」

 ユリウスは父パトリックにそう提案した。

「それはティアナ嬢のことが絡んでいるんだな」

「ええ、そうです。ティアナ嬢の養子入り先が中々決まらないのです。どの上級貴族の家も、ティアナ嬢と同じくらいの息子がおりまして……。ティアナ嬢を私以外の男と関わらせたくはないのです」

 ティアナへの独占欲を当たり前のように出すユリウス。

 パトリックはそれに苦笑する。

「ユリウス、お前は本当に僕の息子だ。惚れた相手への独占欲が強すぎる。いや、僕もお前も独占欲という言葉では片付けられなくらいだけれど。独占欲の強すぎる男は嫌われるぞ」

 髪色、目の色、そばかす以外の容姿だけでなく、性格までそっくりなパトリックとユリウス親子である。

「父上にだけは絶対に言われたくないですね」

 ユリウスは苦笑してそのまま続ける。

「一応今のところの第一候補はブラウンシュヴァイク公爵家です。そこには既婚であまり屋敷にはいない息子しかいないので、ティアナ嬢が私以外の男と接触する機会は他の家よりは少ないかと。それに、ランツベルク家としてもブラウンシュヴァイク家とは繋がりを持っておきたいですし」

 ユリウスはフッと自身ありげに笑う。

「ブラウンシュヴァイク公爵家か。良い着眼点だ。ブラウンシュヴァイク公爵領はガーメニー王国東部の交通の要衝地。婚姻による家同士の繋がりで通行税を優遇してもらえれば、ランツベルク領の貿易ももっと盛んになるな。食糧自給率がそれほど高くないガーメニー王国では、他国の食糧輸入に頼る必要があるし、国にとってもこの婚姻は有益だ。それに、ブラウンシュヴァイク公爵家にランツベルク家の兵力を貸し出せば向こうにも利がある」

 パトリックは満足そうに口角を上げる。

「ええ。まだもう少し調べてから決めますが。ところで父上は国王陛下と親交が深いのですよね?」

「ああ。国王ルーカスとは幼少期からの付き合いだ」

「でしたら、ティアナ嬢と私の婚姻を王命によるものにするよう働きかけてもらいたいのです。ティアナ嬢の養子入り先がブラウンシュヴァイク公爵家でなくても、ガーメニー王国に有益になるような婚姻にするつもりですし」

「まあ、国に有益ならルーカスも王命を出すだろうな。それにしてもユリウス、何故なせティアナ嬢とお前の婚姻を王命によるものにしたいんた?」

 パトリックはフッと意味深に口角を上げる。まるで答えが分かっているような顔つきである。

「もちろん、ティアナ嬢が私から逃げられないようにする為ですよ。父上も答えは分かっていたでしょう」

 ユリウスはニヤリと口角を上げている。アンバーの目には光が灯っていない。

「ティアナ嬢はお前のことを愛しているのか?」

「さあ? どうでしょう? 今のところは分かりません。でも……順序が違っても、最終的にティアナ嬢が私のことを愛するようになれば良いのです」

 ユリウスのアンバーの目は、獲物を仕留めようとする獰猛な肉食獣の目つきであった。

「ユリウス、お前は本当に僕の息子だ。でもその本性は隠し通せ。確実にティアナ嬢を怖がらせる」

 パトリックはフッと笑っていた。

「分かっていますよ。ティアナ嬢には一生隠し通すつもりです。父上が母上に対して本性を隠しているように」

 ユリウスもニヤリと笑った。






ーーーーーーーーーーーーーー






 翌日。

「オズヴァルト、来てくれて感謝するよ」

「いや、ユリウス、こちらこそお招き感謝する」

 ランツベルク城にオズヴァルトが来ていた。

「それにしても、ユリウス、今日は上機嫌だな」

 オズヴァルトはユリウスの様子を見てフッと笑う。

「まあね。ティアナ嬢の養子入り先をどうするべきか閃いたんだ」

 口角を上げ、アンバーの目を輝かせるユリウス。

「やはりティアナ嬢にはブラウンシュヴァイク公爵家に養子入りしてもらう。その際に、ブラウンシュヴァイク公爵令息にはその妻と長期に渡り海外に行ってもらうよう手配中だ。それに、男の使用人もティアナ嬢から遠ざける。これでブラウンシュヴァイク家でティアナ嬢に関わる男はいなくなるからね」

「お前、本当に怖いな」

 オズヴァルトは苦笑した。それに対してユリウスはフッと口角を上げた。

「ああ、それと、ティアナ嬢の姉君。彼女の養子入り先も決まった。メクレンブルク侯爵家だ。ノルトマルク辺境伯家としても、メクレンブルク侯爵家とは繋がりを持っておいた方がいいだろう」

「おいおい、マルグリット嬢の意思を無視して俺と婚約させるつもりか?」

 若干呆れ気味なオズヴァルト。

「君達二人、相性は悪くないと思うんだけど。オズヴァルトは彼女のことが嫌いか?」

「いや、嫌いではない。ただ……」

 オズヴァルトはどこか遠くを見つめる。アメジストの目には切なさが含まれていた。

「マルグリット嬢は俺にとって眩し過ぎる存在だ。彼女は……かつての俺が出来なかったことをしようとしているからな」

 フッと切なげに笑うオズヴァルト。

「……のことか。あれは別に君が悪いわけじゃないだろう」

 ユリウスは真面目な表情である。

「どうしようもなかったことだと頭では分かっている。ただ……やはりあの時少しでも違う判断をしていたらという後悔が消えない。……どうやらまだ心がそれを受け入れられていないみたいだ。マルグリット嬢も、もし六年前の俺と同じようなことが起きたら……きっと一生自分を責め続けるかもしれない。俺は……そうなった彼女を見たくない」

 そう言うオズヴァルトの表情は、少し苦しげだった。そしてオズヴァルトのアメジストの目は真っ直ぐユリウスを映す。

「ユリウス、お前はマルグリット嬢の妹君をちゃんと守ってやれ。マルグリット嬢が傷付かずに済む方法は今のところそれしかないだろう」

「言われなくとも、私は私の為にティアナ嬢を守るさ。そしてティアナ嬢の姉君は君が守ることだな、オズヴァルト」

 ユリウスは自身ありげに微笑む。

「……ああ」

 オズヴァルトは覚悟を決めた表情であった。

「マルグリット嬢にはかつての俺のような思いをさせない」

 オズヴァルトのアメジストの目は真剣にどこか一点を見つめていた。

「オズヴァルト、君の覚悟が決まって良かったよ」

 ユリウスは満足そうに口角を上げた。

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