第8話 西後西危うし! 死を呼ぶ追跡者 メキシコに吹く熱風(サンタアナ)軍団!

 地下歩行空間メンテナンス室にて、西後西は椅子に座り、バスタブに寝転ぶ広印に向かっている。室内は裸電球の弱い灯りで薄暗い。ナイフ用の砥石や壊れかけの衣装タンス、ナイフの突き刺さったマネキンなど乱雑な家具が並ぶ部屋で、西後西は部屋の主に問う。


 「お前は……山岡組長に忠誠はない。……何故、奴の下についているんだ?」


 広印は天井の電球を見ながら、呟くように答える。


 「……元々は……アタシは広島和牛組の暗殺者の一人でした。ここに来るずっと前から……行き場のない孤児を引き取る活動をしていたんス、広島和牛組あの組はね……。その、孤児院……と言っても、中身は暗殺者養成組織っスよ? そこで育って、そのまま組内で仕事をこなして……組織の幹部が一斉にパクられる際はボディーガード任務に就いていたんス」


 広島和牛組は戦時中に結成されて以降、西洋の秘密結社やマフィアに近しい組織として表社会に一切出ることなく、しかし裏社会で絶大な政治力を得てきた。更に海外裏組織との協力、高度経済成長期における表社会での権力確立、出版業界・報道機関の買収と恫喝により完全なるフィクサーとしての立場を創り上げていった。

 その力の根源は常軌を逸した秩序と暴力。

 上級幹部のほとんどは複雑に指定された『礼儀作法』と『幹部法』を遵守しなくては即処刑対象となり幹部会は一種の裁判の如き緊張が走る。また、要職には独自運営する非合法な『孤児院』にて養成された人間のみが就き、秘密を完全に守っている。

 日本のみならず、世界の裏社会に多大な影響力を有していたこの広島和牛組の秘密は、内部の『裏切り』によって表社会の秩序に知らされ、日本の警察とICPO、そしてFBIの協力の下で一斉摘発が為された。この検挙は国民や諸外国には秘密裏に為されたが、広島和牛組への憎悪を忘れぬ者たちは未だに多い。この検挙により述べ4000人の組織関係者が逮捕され、その処遇について問題となった。

 ……そうして、この街、『御名醐魯市みなごろし舌苔尸濡町ぜったいしぬちょう』への『封印』が提案され、この街は、世界のあらゆる凶悪犯罪者の秘匿流刑地となったのだ。


 「……というワケで、アタシは組長と一緒にパクられて、この街の地下に来た訳です。……もちろん、この地下に逃れるまで、地上では一方的に、多くの人が何度も殺され、晴れて五回目を迎えて死んでいったんですがね……アタシはどうにか一度も死なずにやり過ごしてきましたが……」


 西後西は帽子の下から鋭い眼光を放ちつつ、黙ってそれを聞く。

 広印は頭の後ろに手を置いて、天井を見つつ、話を続ける。


 「山岡組長は……元々は三下の幹部に過ぎなかったんスけど、こっちに来て、上級幹部も三下も鉄砲玉も暗殺者も関係なく死んでいったせいで、いつの間にか若頭に昇りつめていたんス。ほんで、若頭の仕事として『寺生T汰』の捕縛に成功して……旦那の首についている『首輪』を付けたんスよ」


 西後西は自らの首の異物をつつきながら、話を聞く。


 「山岡組長って男は一つの野望に向かって進んでたんス、元々三下の幹部として殺しだのなんだのの汚れ役をやって来た人でしたが、幹部会を越えた若頭会合……つまりは和牛組組長との会合に出ることを夢見ていたんス……アタシは奴のお抱えの暗殺者でしたから、知ってるんスよ……奴の目的は一つ、和牛組組長『ペンパイナッポー雄山』……の妻『アッポーペンゆう子』……この間、事務所でみた人っス。どういうわけか、下級幹部時代からの知り合いらしく、この街に来たのは奴にとって千載一遇のチャンスだったわけっスね……」


 西後西はその後の展開の予想がつきつつも広印の話を黙って聞く。

 

 「若頭になって、実績を出し、若頭会合を重ねて……山岡は雄山組長からの信頼を築き上げました……。そして奴は、その信頼を一気に裏切るべく、『計画』を立てたんス。この地下歩行空間に組員の一部を引き抜いて逃れる計画を……アタシはその計画の一員として雇われたんスよ」


 西後西は質問する。


 「……遮るようで悪いが……お前は……わざわざ弱小組織へ鞍替えする理由がないように思える。さっき言った通り山岡に忠誠がある訳でもない、山岡の能力を買っているわけでもない、そう俺は思っているが……」


 広印が笑って答える。


 「旦那の仰る通りっス。アタシは山岡に忠誠なんかない。……アタシの奴に対する思いは……『復讐』……ケヒヒ……それよか『ケジメ』っスかね」


 彼女はバスタブの中で伸びをしたあと、西後西を向いて答える。


 「アタシは広島和牛組の孤児院で育てられた……奴らが孤児院に入れる人間の基準は知ってますか?」


 西後西が答える。


 「なるほど……組によって親を殺された人間……か」


 広印は指を鳴らし、ニヤリと笑う。


 「正解っ……まあ、それ以外にも足のつかない戸籍のない子供とかを拾ってくるんスけど、アタシは旦那の言った通り、親を組に殺された子供だったわけっスよ、オマケに赤ん坊のころの記憶を持ったまんまの珍しい人間だったんス……どんなに完璧に見えるシステムにも脆弱性はあるもんスね~ケヒヒヒヒッ」


 広印は再び遠くを見つめる。


 「……アタシの親は……今となっては知るすべは殆んどないっスけど、記憶によれば……多分政治的な絡みで邪魔になったんでしょうねー。覚えている景色はどれもきらびやかで……映る両親の顔は笑顔ばかりで……アタシの周りに現実である風景とはあまりにも違いすぎる……そんな思い出は決まって最後……部屋に侵入してきた組員と……それを指揮する山岡の姿……目の前で殺され、死に顔をこちらに晒す両親の顔……山岡のせせら笑う姿で終わるワケですよ……」


 しばらく沈黙が流れる。西後西も広印も黙り、その沈黙の底で各々どこかを見つめている。

 広印は沈黙を破り、再び、呟くように話を始める。

 

 「……それだから、アタシは奴にくっついて、殺せる隙を伺ってたんス。広島和牛組の全部が憎いのは勿論スけど、やっぱり、奴の顔がね……キッチリ『ケジメ』をつけたかったんス。そこへ、奴に近づきつつ、組の崩壊の可能性に加担できるこの『計画』……一挙両得ってワケですよ。……本当はあの時奴を殺す筈だった……」


 「だが、そうはならなかった……」


 「ケヒヒ……日頃の行いっスねー。あの日、奴の計画に手を貸した連中は組の内部だけでなくこの地下で何とか勢力を増やしている連中、そして、組の圧政のもとで奴隷のような生活をしている人々の一部……そこまでは知っていました、けれど予想外の連中も介入してきたんス……『赤軍』、『アーリア帝国』、『聖騎士団』……こいつらは山岡組長決起の日、突然湧いて出た連中です。……それまで居た無数の外部勢力を武力なり何なりで瞬く間に結集して、中央駅へ乗り込んできました」


 広印は一つ一つ、しっかりと思い出すように言葉を紡いでゆく。


 「……おかげで計画は混乱。本来全部占領する筈だった地下歩行空間も泡沫勢力の一部が乗り込み乱戦状態……地上を通じて地下歩行空間の端に何とか逃れ、アタシも重症を負い、泡沫勢力とのぶつかり合いによって神戸ビーフ組は予定よりも縮小……山岡の奴はこれを切欠に用心深くなり、新しい組の運営も若頭を立てずに直接指示、統治体制は前の組を習って『分断』を煽り、組員を増やし、自分は自室にこもり……サシでの会合は絶対にしない……アタシはこのメンテナンス室に追いやられ、危険な外回りの仕事ばかりやらされる始末……。要するに、八方塞がりだったわけです。だから感謝してるんスよ、旦那には……」


 話が終わり、西後西は立ち上がる。


 「そうか……なら、安心できる……」


 「え……?」


 「俺の描いた絵図は、お前の復讐の道にも繋がっていることが分かった……俺は恩人であるお前と道を違える気はない……だから、安心したんだ……不謹慎だったか?」


 広印はそっぽを向いて、しかし、笑う。


 「ケヒヒヒッ……いいえ、嬉しいっスよ……」


 二人は歩行空間のはずれ、地下の片隅で、他の誰も知られぬ笑い声を響かせた。


 ――


 同じころ、地下歩行空間、神戸ビーフ組の領域と隣接する、バリケードの奥……メキシコに吹く熱風サンタアナ軍団の領域にて……。


 「アヒャヒャヒャヒャァアアッ! ボスぅ! コイツどうシメてやりましょうかねぇっ!」


 「や、やめてくれ……た、助けてくれ……助けてくれりゃ、『組』の情報をいくらでも教えてやる……約束する……!」


 ボスと呼ばれた男は人間の骨によって造られた椅子にどっしりと座り、ビール瓶を一気に飲み干すと床に叩きつけ、割った。捕縛された三下ヤクザは恐怖の嗚咽を漏らす。


 「ヒィイイッ!」


 「お前……組を売るのか……? ……こいつは良い……いいぜ、その交渉……」


 酒灼けによってドスの効いた嗄れ声が喉の奥より響いてくる。嘲るような意図を含んだその言葉に、三下ヤクザは少々の安堵を得る。


 「あ、ああ……た、助かった……」


 『ザクッ』


 「は?」


 三下ヤクザの首には石のナイフが刺さっている。ボスの手元から投げられたものだ。生暖かい血がどくどくと傷口から流れる、だが、傷は浅く、広い。


 「あ、ああああああああ!」


 「アッヒャッヒャァアアッ! 石ナイフの斬首刑に決定ぃッ!」


 興奮した様子で拷問官のメキシカンギャングは刺さった石ナイフを乱暴に引き抜き、思いっきり傷口に叩き付ける。それはナイフと言うよりも傷口を開く鈍器である。

 そのヤクザの絶望を眺めつつ、葉巻を楽しむ『ボス』だったが、部屋に入って来た『アンダーボス』を見るなり、表情を変えた。


 「てめえが会議でもねえのに来るたぁ……一体どうゆうニュースだ?」


 ギャングクランのシンボルのタトゥーが刻まれた腹部を晒し、上半身裸体の上にジャケットを羽織った、スキンヘッド、サングラスの『アンダーボス』はボスの前に跪いて報告する。


 「麻薬ヤクの取引相手からの情報です……なんでも明日『神戸ビーフ組』が動き出すっていう話なんですが……『世紀末騎士団』と同盟を締結したと……」


 ボスは紫煙を吹き、頭蓋骨の灰皿で葉巻の火を消す。目の前で泣き叫ぶ三下ヤクザを眺めながら、タトゥーだらけの指でタトゥーだらけの顎を撫で、思考を巡らしている。


 「麻薬ヤクの取引は停止したんだろうな?」


 「ええ勿論、念のため『リパブリカン』の奴らや他の面々とも停止しました。ですが『世紀末騎士団』の方は麻薬ヤクのルートがありません……奴らは脅威です」


 ヤクザの嗚咽が弱々しくなってゆき、遂には首を殴り続ける石ナイフの音だけになる。だが、ヤクザはまだ、小刻みに震えている。


 「しょうがねえ……全面戦争の用意だ。機関銃ばらまく用意しろ、精鋭特攻兵ヤク中も……」


 「拷問屋ピエロの連中もですね」


 「ああ、今日中に全戦力をかき集めろ!」


 「了解しました……」


 アンダーボスは部屋を出る。同時に、ヤクザの拷問は完了し、拷問官は『解体』の仕事に勤しんでいる。ボスは新しく手に入る家具の制作を満足げに眺めている。

 これがメキシコ最恐マフィア『メキシコに吹く熱風サンタアナ軍団』の日常、殺しと拷問に躊躇がないどころかそれを楽しみ、死体を利用した装飾品を多用する、麻薬密売と拷問、メキシコより密輸した重火器類を駆使するおそるべき組織なのだ……。


 (続く)

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