第7話 地下歩行空間闘争 開幕

 西後西らはビル内で広印、万次郎、騎士団らと話し合っている。ビルの内部はかなり風化し、戦闘により多くの物品が壊れているが、事務机や本棚、革椅子など、素材としては使えるものが残されている。冷蔵庫や浄水器、空気清浄機など電化製品も豊富に残っており、地下暮らしをしているものたちにとって、これ以上ない宝の山と言える。

 西後西はその、『取り分』について、騎士団と談合を行っているのだ。

 西後西は詰まり気味の議論のため、整理をするように話をまとめ始める。


 「……こちらとしては折半したいのだが……お前ら『世紀末騎士団』は受け取りを拒否……か……」


 「だから、旦那ぁ、それでいいじゃねえですかぁ」


 万次郎卿も頷く。


 「その御仁の言う通り。我輩は個人的な恩義のために、貴殿にお供もしたまでよ……友情に貸し借りなしだ」


 西後西は反論を述べる。


 「その心意気は素晴らしいが……お前たちは今、俺が所属している組『神戸ビーフ組』と対立する組織なのだろう? ……俺がこの場所を独占してしまえば『差』が広がる。今回のお前たちの『地上遠征』はガソリンだの怪我だので相応の出費があるはずだからな……この程度の差でも、おそらく、あの地下空間ではパワーバランスの崩壊につながるはずだ」


 兜の中で鋭い瞳が西後西を刺す。万次郎卿が返答する。


 「……明け透けに言いよるが、我々とこのビルを折半したとてパワーバランスの変化は起きる……。貴殿の組は今まで地下歩行空間で我々に匹敵する勢力であったが、地上補給活動が貧弱で、ジリ貧であったからな。それに、我々は、地下歩行空間で中央の『広島和牛組』とも隣接しておる。我らは地下歩行空間におけるもっとも広大な領土を有する勢力だが、中央にしてみれば弱小の一角。貴殿らがもし地下歩行空間制圧に乗り出したとしても、中央の抑止力によりそこまで我々は動けぬ。故に貴殿の組が力をつけ、他二勢力を吸収したとて、あまり現状が変わるとも思えぬ。むしろもっと睨み合いが激化する筈だが……まあ仕方なかろう」


 西後西は口元に笑みを浮かべる。


 「それだ、現状の変化は起きる。……俺には『策』がある……」


 「策……?」


 「その策をより現実的なものとするためにも、まずは地下空間の勢力を確認したい……情報交換と行こうか」


 西後西は地下における『中央』広島和牛組の隣接する敵対組織を万次郎卿に伺った。中央駅を支配する広島和牛組は地下鉄路線三つそれぞれ東西に大組織と隣接しており、どこかの路線に集中すれば他路線において攻撃される危険を抱えている。事実好戦的組織によって幾度となく紛争を誘発され、現在も地下鉄駅の支配状況は確立されていない地域が多いのだ。だからこそ、世紀末騎士団のような小勢力であっても巨大組織広島和牛組に対抗できるのだ。

 現在、中央駅の広島和牛組が隣接する組織は世紀末騎士団を除き四つ。

 部理亜線・東部二駅を支配する『アレッサンドロ聖騎士団』。

 部理亜線・西部三駅を支配する『第二次ソヴィエト社会主義共和国連邦赤軍』。

 重子不線・東部二駅、中央駅の一部を支配する『アーリア帝国』。

 重子不線・西部二駅を支配する『アナーキー自治区』。

 何れもそれぞれの強みと思想を持った強力な組織であり、世紀末騎士団はこの中では少々見劣りがする上にもう一つ、ある組織と隣接している。

 稀子不線極東に位置する駅『万里男駅』この駅を支配している独立ヤクザ組織『万里生組』である。彼らは抗争に参加することは滅多にないが、中央による攻勢が世紀末騎士団に向けられた際に彼らが動けば、一気に騎士団は瓦解する。故に、騎士団は彼らに対して融和的な方針を進めてきた。


 「……と、このように、地下歩行空間だけではないこの地下世界全体が中央との抗争の可能性を抱えながら静観と攻撃を繰り返し勢力の変化を続けているのだ……」


 万次郎卿は西後西を見遣る。

 西後西は不敵な笑みを崩さずに口を開く。


 「大体わかった……そして、俺の『策』はこのまま行けると確信できた……」


 広印は心配げに訊く。


 「旦那ァ……その、策ってのは一体……」


 西後西は広印を向く。


 「……後で、お前にはすべて話す……こっちにも聞くことがあるからな……だが今は……」


 西後西は万次郎卿を向き、ある提案を行う。


 「サー・ツーリング・万次郎……『同盟』をウチの組に、俺達の命とビルの使用権と引き換えに」


 西後西による地下世界の勢力を一変させる『策』が始まった。


 ――


 西後西らは騎士団と共に組長の事務室へと通される。山岡組長はソファーに座り、万次郎卿を睨みつける。


 「フン……なるほど……ウチの霊能者と暗殺者を弱っているところを捕え……同盟交渉ってかい……アンタんとこも相当追い詰められているようだな……」


 交渉の場においてもヤクザとしての威勢を崩さない。だが、万次郎卿はそれに一切臆することなく、どかりとソファーに座り、マントを翻した。


 「それはそちらも同じことよ……だからこそこうして、交渉の席を用意したのだろう……? 早速本題と行こうではないか」


 山岡組長もまた、姿勢を崩さずに交渉を続ける。


 「本題ね……さっき言われた条件……ウチの組で雇っているそいつら二人の『解放』だが……それじゃあ、ウチの組にプラスはねえ。マイナスがゼロに戻る……いや、二人はそっちに随分かわいがられた様子じゃねえか、こっちに取っちゃマイナスのままだ……」


 山岡は更なる要求を追加しようと画策している。それを遮って万次郎卿は仕掛けてくる。


 「……そちらの資源問題はこの地下歩行空間においては有名な話だ……こちらとしても資源についてはある程度譲歩できる」


 山岡組長は顎に手を当て、口を開く。


 「そっちとしては中央だの万里生組だのと身動きがとれねえ状況なのは知れてるぜ……そこでウチと同盟ってのはつまりこの地下歩行空間場所を折半しようって話だろ……フン……そうだな、おめえらがウチから横取りしたビルを……まあ、こっちとしても同盟をするんでな、折半だ。そんでウチの二人を返してくれりゃ、双方顔が立つ……それでどうだ?」


 「……フム……良かろう」


 山岡組長は笑う。

 ――こっちとしては旨味しかねえがな……。

 山岡組長はそう考えつつも万次郎卿と握手をする。その全てが西後西による絵図の中の規定事項とも知らずに……。


 騎士団が帰ったのち、山岡組長は西後西と広印に事の顛末を伺った。


 「……怪異共を狩り、テスラのロボを破壊したところを囲まれた……か……奴らの集団戦術にゃあ、流石の霊能者と言えど手負いじゃ無理ってか……」


 山岡組長は猜疑の目を西後西に向ける。


 「組長、旦那が囲まれたのもアタシの責任です。ケジメはアタシが請負やす」


 山岡組長は前に出る広印を静止する。


 「そんなてめえらの都合は知らねえ。てめえらは結果がどうあれ仕事で失敗したんだ。仕事の失敗をウチの組がどうケジメ付けるか、てめえ知ってんだろ?」


 ずらりと組員が二人を囲む。それに対して西後西は霊力を解放し、周囲に強烈な『圧』を放つ。


 「……てめえ、やろうってのか?」


 「そうではない……今回の仕事の失敗の責任は追及すべきだ。だが、俺は目の前で恩人が痛めつけられるのは見ていられないタチでな……そこでだ、ビルで俺はこんなものを見つけた」


 彼は組長に懐から出したものを投げ渡す。

 

 「これは……テスラの奴隷首輪か……」


 「使い方は『広島和牛組』で見て知ってるんだろう? 俺の師匠に付けられているものと同じと聞いているからな」


 「旦那……!」


 山岡組長は笑う。

 

 「いいだろう、その男気に免じて今回だけはてめえに首輪をつけるだけで許してやるよ……次はこの首輪を使って痛めつける……それに、もし裏切りでもすりゃあ……」


 「『ドカン』だろ? ……それに『復活』したとしても、衣服が残るように『首輪』は残る……安心しろ、俺は一度でも死ぬ気はない」


 「そりゃあ、大層な心掛けだ……へっへっへ……」


 西後西は組員たちによって奴隷首輪を首に付けられる。山岡組長はリモコンを手に持ち、揺らしながら笑う。


 「へっへっへ……これでウチは安泰だ……もう行っていいぞ。明日はこの地下の勢力が一変する……戦争の時間だ」


 西後西と広印は事務所を後にする。

 広印は心配そうに西後西を見て言う。


 「旦那ぁ……ほんとに大丈夫なんですか……」


 西後西は笑う。


 「ふふっ……何もかも上手くいきすぎて、俺も心配になって来たよ」


 二人はメンテナンス扉の中へと消えていった。

 神戸ビーフ組地下歩行空間の人々は今日も奴隷じみた労働を続け、それを組員たちが目を光らせて監視している。そんな日々が、明日も続くと絶望しながら……。

 

 (続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る