第4話 西後西、大地に立つ!!
「……朝か……」
目を覚まし、そう呟いた西後西は、むくりと西後西は起き上がる。窓も何もない空間だが、西後西は毎朝6時ちょうどに起床するため、今も恐らく、その時間であろうと彼は認識している。部屋の奥の粗末なベッドで眠っていた西後西は、いそいそとベッドメイクを済ませ、帽子を被り直す。振り返った西後西は、部屋の中央の空バスタブに眠る広印を見る。
「ベッド、オレが使ってよかったのか?」
広印は目を開き、バスタブの上の方の縁へと上体を動かして西後西の方に顔を向ける。天地は逆であるが。
「ケヒヒッいいんですよ、アタシはこっちのが慣れてるんで……それより旦那ァ、アタシが狸寝入りしてるのよくわかりやしたねぇ。こう見えても寝息を立てるフリは得意なんスよ」
西後西は口元に笑みを浮かべる
「……お前は、あの組長や、取り巻き……いや、おそらくここの組の中でもトップクラスの『プロ』だと俺は確信している。そんなプロが俺のような新参者の前で易々と眠っている場面を見せる事はない。そう見越して声をかけた」
広印はケラケラと笑いながら身体を起こし、バスタブを出る。バスタブに残った枕がずり落ちる。
彼女はバスタブの前につけられた鏡を見ながら髪を整え、西後西に言う。
「事務所に行く前に、朝飯を食いに行きましょう。炊き出しやってる頃っスね」
地下歩行空間の一角を利用している神戸
西後西と広印は食堂へと入る。
既に数十人の人々でごった返す室内は、黒スーツのヤクザたちと数名の襤褸を着た人々がプレートを持ち別々に並んでいた。
怪訝な顔を浮かべる西後西に広印は小声で伝える。
「この場所ではヤクザとカタギで配られる食糧が違うんス。ヤクザは栄養バランスが比較的いいものを。カタギは炭水化物ばっかで……どっちかってえとカタギの方が貧しいンスけど、量はちょっとカタギのが多いんス。カタギの不満を抑えつつ、抵抗力を削ぎ、『飼える』ようにしておくのが狙いなンスよ」
西後西はカタギの方へと並ぼうとするが広印が止める。
「気持ちは分からんでも無いっスけど、ダメです。今目ぇ付けられてもいいことないでしょう」
西後西は無言でヤクザの方に並ぶ。
――肉は……何の肉だ? それに、この野菜や、これは恐らく冷凍食品……どこからこんなものを……?
西後西がそう思いつつプレートによそわれた食品を見つめていると広印が耳打ちする。
「あとでその食品等の出どころは分かりますから、今は食べましょ」
食後、二人は組長の事務室へと向かった。
そこに入ると山岡組長の隣に昨日は見なかった女性が立っていた。30代くらいだろうか、極妻感たっぷりな雰囲気と着物による威圧感は凄まじいものがある。
山岡組長は口を開く。
「おう、今日は地上廻りに行ってこい。……霊能者のアンタの本領発揮してもらうぜ。地上の怪異を一部掃除してくれ、そしたら材料回収班を向かわせる。……これでこの地下道の他の奴らを出し抜けるぜ……」
「……わかっている。仕事はこなすさ……」
山岡組長はニヤリと笑って葉巻に火を付ける。
西後西は部屋を出る。広印は挨拶をしつつ、急いで西後西を追う。
「旦那、さっきの
広印は西後西に耳打ちする。
「……」
西後西は何か気になった様子だが、特に訊かずに外への出口へと向かう。広印がどこからか周辺の地図を取り出し、西後西に指し示す。
「ウチの組のシマの出入り口がここで……今回は、ここのビルまでの道とビル内の安全を確保するんス。昨日みたいな旦那の妙技、見せてくださいよ~ケヒヒヒッ」
西後西は出口の扉を開きながら懐から物を取り出し、広印に渡す。
「え……これは……」
広印の手にあるのは三つの丸で構成された強力な呪印が刻まれるナイフであった。
「お前の手に馴染むかは分からんが……これでお前も怪異と、今まで以上に楽に戦えるだろう……」
「旦那……いいんですかい?」
「お前に関しては、ここに来てから色々と世話になっているからな……行くぞ」
「ケヒヒヒィッ、はい!」
地上は朝日に照らされ、通常ならば怪異が跋扈することなど在り得ない様子だ。風の音だけが響く通りは、ガラスが何枚か割れたビルが立ち並ぶ、死んだ街の様相を呈している。どの建物の内部も薄い埃が被っており、多くの商品や家具などがそのまま放置されている。場所によっては人の着ていたであろう衣服がそのまま残る場所などもある。
西後西と広印は地下歩行空間入り口のある通りながら、交差点を二つほど超えた場所にあるビルを目指し、移動を開始する。一つ目の交差点で、西後西は歩みを止める。
「来るぞ」
西後西は帽子のつばを握り、前を凝視する。広印はそれを見て、西後西のやや後方で、先程もらい受けたナイフと尻の方のホルスターからもう一本のナイフを抜き、西後西の凝視する方向を見て警戒態勢を取る。
『パキッ』
西後西の見ていた地点……というよりも、『虚空』に『ヒビ』が入る。壁ではない。完全な虚空に、ガラスのような日々が入ったのだ。
「!?ッ」
広印は動揺する。
――私ならこの怪異は即逃げ! だが、この人は……明らかに『倒せる』と踏んでいる! 怪異を前にして……笑いすら浮かべている!
『バラバラバラバラ……』
虚空が割れ、中が映る。そこは、星々の煌めく夜空のような、宇宙が広がっている。そして、そこから全裸体の『人間』が、ぺたぺたとアスファルトの地面を歩み出てくる。その人間は性器がなく、髪は丸坊主、顔は特徴のなく男のようでも女のようでもある中世的な顔立ちで表情は微笑を浮かべている。だが、どこか不気味な印象を覚える顔つきである。『不気味の谷』というべき印象だ。
「私の名前はタナカマサル。香林商事営業部営業第二課札幌支局局員の25歳です。どうぞよろし」
「破ァッ!」
『バシュッ!』
――はやいッ!
広印は驚く。
男が奇妙なイントネーションでつぎはぎしたような音声を喋る途中、西後西は目にも留まらぬ速さで幾つかの手印を行い、男の頭部へ向け両手をかざした。すると男の頭部は消滅した。
西後西はその中でも笑みを浮かべていた。そして、今も。
『ビキビキビキィッ……パアンッ!』
頭の吹き飛んだ男の身体は奇妙な膨張を見せ炸裂。肉片を周辺にばら撒いた。
『ビチビチビチィッ!』
西後西はコートを翻し、すぐさま広印と自分を守るように覆った。
肉片が周囲のアスファルトにめり込む中、広印は次に自分が取るべき行動を悟り、動く。
――流石、暗殺と斥候を続けてきたプロだ……。気配探りや反応はオレ以上だな……。
広印に遅れをとりつつ西後西はそう考える。
広印は先程、あの男がいた方向とは逆の方向に走り出す。
そこにアスファルトにめり込んだ肉片らが空中に急速に集合し、再び人間のようなものの形を取ろうと蠢いていた。だが、既に、広印は呪印済みナイフをそこへ差し込んでいる。
音もなく、肉の塊は切り刻まれ、広印が動作を終えた一瞬後、ボトボトと肉は地面へと落ちた。
「……先ずは一体、か」
そう言う西後西に広印は笑いかける。
だが、彼女の表情はすぐに深刻なものへと変化し叫ぶ。
「旦那後ろッ!」
西後西が振り向くと、その気配なき存在の正体がわかる。
『それ』は遥か空より降って来た。
鋼鉄製の機械。
重機のようなキャタピラの上に乗る装甲に覆われた車体、そこに繋がる二本の巨大なアームはまさに工業用作業機械。しかしそのアームの先にはしかと、火炎放射器とマシンガンが装備されている。
その車体の前方には『テスラ・エレクトロニクス』のエンブレムが印字されていた。
(続く)
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