第3話 神戸牛(ビーフ)組『組長』山岡・ペンパイナッポー・四郎


 「どうぞ、お掛けンなってください」

 

 ドスの効いた声をその男は発した。黄色を基調とした派手なスーツが目を引く。

 西後西は黙ってその席に座る。周囲を囲むヤクザ然とした黒スーツの濃いサングラスをした無個性な男たちは、サングラスの奥から西後西の一挙手一投足を睨みつけ続ける。


 「……どうも、このシマ取り仕切っている『神戸ビーフ組』の組長を遣っておりやす、山岡・ペンパイナッポー・四郎でございやす」

 

 その男は低い声でアホみたいなミドルネームの名前を述べる。

 西後西は口を開く。


 「神戸ビーフ組……失礼ながら、あまり聞いたことのない組だ」


 山岡は気にしない様子で語る。


 「ウチはこっちで旗揚げしたモンでしてね……知らねえのは無理もねえさ」


 西後西は少々首肯したのち、帽子のつばを持ちつつ自己紹介をする。


 「俺は西後西沼男……拝み屋だ……尤も、もうお前の耳には入っているのだろうが……」


 山岡はニヤリとしつつ答える。


 「ええ……ウチの斥候は優秀なモンで……察しの良いアンタならもうわかるでしょう、あっしらの狙いが」


 帽子の下で怪訝な顔を浮かべた西後西は答える。


 「……よく言えばヘッドハンティング、悪く言えば脅し……だが、この程度人数で威圧になるとでも?」


 山岡は笑いながら言う。


 「はっはっはっは……ぶち殺せ」


 『パチッ……ガチャガチャッ』


 山岡組長の合図によって十人のヤクザたちは拳銃を構えだす。だが、西後西は帽子を外し、飛ばす。

 帽子のつばがヤクザの首に当たる。するとヤクザの首がするりと断ち切られる。帽子は回転のままにヤクザたち全員を断頭する。


 『ブッシャアアアアアアッ!』


 ――なんて、流麗な……いやそれ以上に、あの帽子はただの帽子のはず……!?


 広印は動揺しつつ、帽子を被り直す西後西を見る。

 だが、この部屋の中で最も動揺している人物は、西後西であった。


 ――なんだと!?


 首をとばしたヤクザの死体が倒れる中で、その隣に、死体とそっくり同じ姿の、首の繋がったヤクザがいつの間にか出現していたのだ。

 山岡組長は笑いながら語る。


 「はっはっは……やはり、この街に来たばかりのアンタは知らなかったようだな。これが、この街の『致死率五十割』の真相。……この街に入った人間は全員、5回死ぬ。逆に言えば4回目までは死んでも大丈夫という事だ……記憶も何もかもそのまま。ラグも殆んどない。完全な『復活』だ。……オレも一度死んだからわかる……」


 山岡は葉巻を咥え、火を付け始めた。

 周囲のヤクザたちは西後西に銃を構える。西後西は山岡を睨みつつ口を開いた。


 「……従わなければ何度か殺すという事か」


 紫煙を燻らせ、山岡は機嫌よく答える。


 「その通り。まあ、正確には死なない程度の拷問を続けて、殺すというのを何度かするという事だ……この場所にはメキシカンギャングも居る。奴らの本場の拷問もよく見かけるのでな、色々と試したい手段も多い。……まあ、従うのなら、そんなコストは掛けないが」


 西後西は少し黙ったのち、口を開く。


 「分かった。従おう」


 山岡は少し意外な顔をしながら煙を吹く。


 「そうか……一応言っておくが……ウチの組にアンタが利益をもたらす間は、ウチはアンタの味方であり続けよう。利用価値が無くなれば……五度殺すだけだ」


 「ああ、了承している」


 ――どうする、安全の為に何回か殺しておくか……? いや、今コイツに暴れられれば俺の命が無駄に減るうえ、とんでもねえ損害が出る。さっき奴が俺と広印を殺さなかったのは偶然ではない……! 木っ端の弱小勢力である今はこいつを飼えるだけ十分。威圧しつつも譲歩を引き出せた今がベストだ。これ以上危ない橋を渡りたくはねえ。


 山岡は葉巻ひと吸いの間にそうした思考を巡らせ、煙を吹きだし、指令を与える。

 

 「今日からアンタは広印と同じ『斥候』兼『暗殺者』として活動してもらおう……詳しいことは広印から聞け……アンタの部屋もそいつが案内する」

 

 西後西は広印の方を向き立ち上がる。広印は山岡組長に挨拶をしてから部屋を出る。西後西は無言で部屋を出る。山岡組長はそれを咎めることもしなかった。少なくとも今、彼に、そんな些細なことを咎める余裕はない。

 周囲のヤクザたちは西後西が出た後、自分たちの死体を片付け始めた……。


 「ケ、ケヒヒ……だ、旦那、さっきまではどうも、嘘をついちまってすいやせん……」

 

 広印は頭を下げる。西後西は答える。


 「いや、お前は仕事をしただけだ。オレに直接危害を加えたわけでもない。……それにどうせ、この地下はこうした輩ばかりなのだろう?」


 彼女は目を細めて笑うような表情で答える。


 「ええ、旦那の言う通り、この地下には碌な連中はいやせん。ウチらのようなヤクザと共産主義者、アナキストのテロリスト、カトリックの特殊部隊に、ナチスごっこの軍隊に、メキシカンギャング、陰謀論者にバイク騎士と……ウチは比較的マトモな組織だと思いますぜ……ケヒヒッ」


 彼女は舌を出して笑う。そのまま彼女は西後西を先導し、地下歩行空間事務所とは別の管理扉の方へと案内する。


 「こっちです、さっきの事務所程じゃあねえですが、個室にありつけるだけこの組では恵まれた方でして……アタシと相部屋ですがご勘弁を、ケヒヒッ」


 彼女は鉄製の扉を開きボイラーや各種管が張り巡らされたメンテナンス用の通路へと西後西を招き入れた。西後西は足を踏み入れつつ、彼女と話す。


 「相部屋……オレは気にしないが……その、お前は不満じゃないのか?」


 「いやいや、元々仕切りのない部屋がウチのシマのデフォルトですから。さっき見た様な……だからまあ、大丈夫っすよ、ケヒヒヒッ……それよりも、旦那ァ、これからアタシたちはこの組の勢力拡大の駒になるんスから、勢力状況は把握した方がいいんじゃないッスかねぇ」

 

 「ああ、できればお願いしたい」


 メンテナンス用の通路を一列に進む中で彼女はこの地下空間の勢力図を開設し始める。


 「この街の地下鉄は三つの路線があるんス。『部理亜べりあ線』『稀子不まれんこふ線』『重子不じゅうこふ線』。全部の路線が中央駅を必ず通って、それを除くとそれぞれ六つの駅を持ってるんでさぁ。この駅が重要なんスよ。ケヒッ」


 彼女は西後西を先達しつつ指で空に路線図をなぞり書くように示す。


 「駅は開けた空間ってのもあって設備を置きやすいんス。だから生産能力や防衛力を高めやすい……それに元々の設備とか物資も多いっスからね。ともかくだいたいの勢力は駅単位で支配領域を示してるんでさぁ」

 

 西後西は質問をぶつける。


 「だが、ここは違うようだな」


 「そう、流石旦那、よくお気づきで。……ここは地下歩行空間。地下鉄のトンネルよりかは広くて、駅よりは小さい……でもある程度の設備が揃ってる。この地下歩行空間は三路線の幾つかの駅にまたがっておりやして、それもあって独立勢力が割拠しているんでさあ。ここにいるウチのライバル勢力は3つ。『リパブリカン・アルミホイルの戦士団』『メキシコに吹く熱風サンタアナ軍団』『世紀末騎士団』……どれもイカレたやつらの集まりでさぁ。ケッヒヒ」


 彼女はメンテナンス通路の奥にあった扉を開き、西後西もそれに続き、入る。

 部屋には監視カメラなどのモニターが並ぶが様々なものが所狭しと乱雑に、しかしインテリアとしての存在感を示していた。仕切り用のカーテンなどもあるが、何より目を引くのは部屋中央のバスタブである。水は張られていないようだ。

 彼女はその空のバスタブに入り足を外に出してぶらつかせながら西後西に語る。


 「……どの組織も、旦那のような『霊能者』を戦力として求めてンです。その中でもウチらは元々……この地下で最も大きく、あと一歩で全ての駅を支配するとこだった『組』……『広島和牛組』から離反した組織なんス。今も『中央駅』を支配してる組織です。あいつらは『寺生』とかいう霊能者を爆発首輪を使って奴隷にしてるカス共でしてね……旦那がアイツらに捕まらなくて良かったっス……でもアタシもあくどいやり方を……」

 

 彼女は話す中で、西後西の表情の変化を悟る。西後西は驚くような表情で訊き返す。


 「寺生というのは……『寺生Tてらお てぃーだ』のことか?」


 「はい……そうっス、それが……?」


 西後西は焦りのような表情を見せつつ口を開く。


 「寺生T汰は、オレの師匠だ……一度も勝ったことがない」

 


 (続く)

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