第3話 木造の急階段

 今年の暮れくらいからであろうか。ちょうど交差点を一人の女性が渡っている時のことであった。年末なのに、人通りの少ないところは、本当に少なく、都会の喧騒をまったく感じさせないところであった。K市を通る国道から少し入ったところは、電車道から少し離れたところで、あまり高くない高架をくぐり、車であれば、徐行をしないと、道もあまりよくないことから、高架の天井にぶつかってしまう恐れがあった。

 そんな場所を抜けてから、少しすると、車が線路沿いに走ってきたところと歩道がカーブになることで、見私の悪いところに出てくるというそんな場所がある。

 以前からその場所は、

「出会い頭の事故の多いところ」

 ということで、

「歩行者が車に引っ掛けられる」

 ということがちょくちょく起こっていたりした。

 本当は踏切でも作れば、このようなことはないのだろうが、今、鉄道法によって、

「新しく踏切を作ってはいけない」

 という法律があるようだ。

 要するに、

「踏切を作るくらいなら、高架橋を作るか、下にトンネル状の道を作るかのどちらかにしなければならない」

 というものであった。

 車が混むところを作るのは、時代を逆行するということなのだろう。

 そのため、このあたりは踏切を作るわけにもいかず、結局、

「魔のカーブ」

 と言われ、昔から恐れられていた。

 しかし、皆、そのことを知っているはずなのに、事故が減るということはなかった。事故を起こした運転手の言い訳というよ、不思議と皆同じだった。

「普段は、気を付けているのに、その日に限っては、考え事をしていた」

 などといって、

「普段は気を付けている」

 ということを言い張っていたのだった。

 確かに、そうなのかも知れないが、毎回事故が起こる時に限ってそういうのはどうなのだろう?

 しかも、もう一つ不思議なことは、

「事故を起こした車はもちろん、その場に居合わせた車も、恐ろしくて、もうその道を通らないと言っていたようで、実際に、それらの車が通りかかることはない」

 ということであった。

 それなのに、なぜか車が減らないのだ。

 しかも、増えてきているように思う。急激にそのあたりの住民が増えたとか、他の道の交通量が減ったとかいうわけではないのだ。それなのに、車がまったく減らない。それどころか増えているように見えるのは、どういうことだろう?

 ということであった。

 それを思うと、警察も、

「そんなバカな」

 と口では言いながらも、交通課など、パトロールをしていて、

「あのウワサ、最初こそバカげていると思っていたけど、まんざらウソというわけでもないようだな」

 と話をしている。

 ミニパトの婦警さんも同じで、

「いやぁ、それを感じているのは私たちだけかと思ったんですが、皆さんそうだったんですね?」

 といって、感動しているようだった。

「魔のカーブとはよく言ったものね」

 ということであったが、本当にその通りだった。

 その日は、深夜から、少し生暖かかった。確かに、三寒四温という時期ではあったが、そんな季節を忘れさせるくらい、ずっと寒かったのだ。

「このまま、一気に冬になるのだろうか?」

 と、その夏のことを思い出していたが、その年は、10月まで、真夏日が続くなど、夏が長かった。

 しかも、実際の夏はというと、

「最低気温が、30度越え」

 などという、一種信じられないと思う時期だった。

 最高気温も、それこそ、体温越えが珍しくないという恐ろしさ。

「本当に、このまま夏が終わらないんじゃないか?」

 と思わせるほどで、

「これだったら、どんなに寒い冬も耐えられそうな気がする」

 と思っていたが、実際に寒くなってくると、

「寒さもきついな」

 と感じさせられた。

 本当にこの間まで、部屋では冷房を入れていたと思っていたのに、最近の朝晩の冷え込みは、暖房に値するくらいであった。早くも、放射冷却を感じさせるほどの寒さに、震えていたのだが、生暖かくても、やっとまともな気温のような気がするだけで、少し安心感があった。

 ただ、この生暖かさには、嫌な臭いがふくまれていた。

 昔から、

「雨が降る前は分かる気がする」

 と思っていたのだが、それは臭いを感じるからだった。

「何か、石をかじったかのような臭い」

 という、何となく違和感のある表現であるが、実際には、生暖かさが、湿気を帯びてくることで、それまで乾いていた地表の埃のようなものが、生暖かさによって、蒸発する時に、

「風とともに舞っているか」

 のように思えてくるからに違いない。

 だが、今回の臭いは、そんな臭いではなく、本当に、生臭さがあり、鉄分を含んだ。口にするのも、気持ち悪いという思いのある、まるで、

「血の臭いのようだ」

 という感覚であった。

 これを、

「血の臭い」

 と感じるのには、根拠があった。

 あれは、子供の頃だったと思ったが、ところどころの記憶しか残っていないのだが、何やら、木造の階段の急なところを昇っていたような気がした。

 たぶん季節は夏だったのか、建物の気の臭いと、汗のような臭いがまざって、吐き気を催すような気持ち悪さだった。

 列をなして、順番に登っていたと思ったのだが、途中から、前にも後ろにも誰もいないところを昇っていた。

 どうやら、どこかのお城の中だったのだろう。その時分からなかったのは、

「それまでに城というところに入った経験がなかった」

 ということからだった気がする。

 なぜ誰もいなかったのかというと、実は、その場所が、

「昇ってはいけないとこと」

 だったようで、本当は、紐か何かで登れないようにしていたはずなのに、なぜ、自分が意識せずに昇っていたのか分からないが、それに気づいた親が、

「あんた、何してるの、降りなさい。危ないから」

 と、声を掛けられ、ビックリし、ひるんだ瞬間、不覚にも手を放してしまい、そのまま背中から落ちていったというところまで記憶があった。

 気が付けば、病院の簡易ベッドに寝かされていて、点滴を打たれているようだった。

「よかった。気が付いた」

 と言われ、強烈な薬品の臭いを感じたことで、そこが病院であることを悟った。

「ああ、そういえば、後ろ向きに落ちていったんだっけ?」

 ということを思い出すと、背中の感覚がないほどに、痛みがあるのを感じた。

「大丈夫か?」

 と親が心配で覗き込んできたが、次第に安心した表情になった。

「ああ、きっと背中からおっこちて、気を失ってしまったんだろうな」

 と思うと、その場が強烈な異臭を放つ病院であるにも関わらず、血の臭いを感じた。

「あれ? なぜなんだ?」

 と感じたのは、自分の身体が、

「骨折か、打撲はあるようだったが、血が流れたような気がしない」

 と思ったからだ。

 実際に、身体を動かせるようになったから身体を確認したが、出血の場所はなかったのだ。

 ということは、

「出血しなくても、あの時、何かの血の臭いを感じながら落ちていったのだろうか?」

 と思ったが、

「ああ、あの時、最初こそ気づかなかったが、落ちていく前から、ずっと感じていた異臭の正体が、血の臭いだったのかも知れない」

 と、だんだん思い出してきたのだった。

 それから、しばらくの間、

「木造と、階段の恐怖症になっていた」

 のだが、さすがに普通の階段は、大丈夫だったので、大人になるにつれて、

「木造の階段へのトラウマが消えていったはずなんだけどな」

 と思うようになっていたのだ。

 中学の数学旅行で、寺院やお城を巡ることがあったのだが、その時には、トラウマは消えていた。

 実際に、お城の階段を昇ることもあったが、幼児期の意識がよみがえった木はしたが、それがトラウマとなって、登れないということまではなかったのだ。

 それを思うと、

「ああ、トラウマって、本当に時間が解決してくれるんだな」

 と思ったものだ。

 彼は名前を田所聡という。今年で、25歳になるのだが、その日は、ちょうど飲み会に誘われていて、帰りが10時過ぎくらいになったのだった。

「最近のうちでは、遅いよな」

 と思っていたが、実際には、もっと遅くなることは多かった。

 といっても、それはあくまでも仕事で遅くなるのであって。同じ道を帰っている時であっても、仕事と遊びでは、まったくちがった趣があるのだった。

 その日は、本来なら、

「まだ、10時」

 という意識なのだが、意識としては、

「最終電車で帰ってきたかのような感覚だ」

 と感じるのだった。

 仕事で遅くなる分には、遅くなるだけ、

「一生懸命に仕事をした」

 という充実感があるが、これが遊びとなると、

「普段は、遊びに出ても、夕方には帰っていたのに、こんなに遅くなるなんて」

 と、何か後ろめたさのようなものがあった。

 やはり、仕事の充実感を感じるはずの時間に、遊びで、しかも、充実感どころか、後ろめたさがある分、楽しくも何ともない感覚に、同じ時間の同じ道であるだけに、余計に、違和感が付きまとうのであった。

 そんな中において、何の前触れもなく。

「いや、湿気だけは、前の時と同じだったかな?」

 と感じたところで、そのとたん、不安が頭をよぎったのだ。

「そもそも、この不安って、どこからくるのだろうか?」

 とも感じたのだ。

 その不安によって、歩いている自分が、歩いているという感覚を感じていないことを悟った気がした。

 まるで、

「雲の上を歩いている」

 いや、

「雲の上を歩かされている」

 という、そこには、自分の意思が感じられなかったのだ。

 そんなことを考えていると、急に眩しさを感じ、その場に立ちすくんだ。目をカッと見開き、その流れからか、鼻でだと思うのだが、息を呑んだという感覚になった。

「一気に吸い込んで、その場で止める」

 という、まるで、

「健康診断での、レントゲン撮影の時」

 のようだったのだ。

「レントゲン撮影を思い出すなんて」

 と思った瞬間、またしても、デジャブを感じた。

 腕には、点滴の針が突き刺さっていて、簡易ベッドに寝かされた自分は、身動きもできず、ただ寝ているだけだった。

 幼少期の記憶がよみがえってくるのだが、明らかにあの時よりも、恐怖を感じる。

 幼児の頃が、

「怖いもの知らずだった」

 ということなのだろうが、それよりも、

「今の方が、いろいろ経験し、状況が読めるようになったことで、このような状況に陥った時が、恐怖の原点のように思える」

 と感じるようになったのだろう。

 そういう意味で、

「大人の方が、感じる恐怖はリアルであり、ガチなのかも知れないな」

 と感じるようになっていた。

 田所は、点滴を打たれている自分の状況に不安を感じながら、身動き取れないことで、天井の明かりを見つめているしかなかったのだ。

 ただ、鮮明に覚えているのは、最後に意気を吸い込んだ時に嗅いだものだと思われる、

「あの生暖かさ恒例」

 といってもいい、

「血の臭い」

 を感じたことだった。

 しかも、それが、子供の頃の城で後ろに落ちていった時の記憶をフラッシュバックさせるのだ。

 ただ、いつもの自分であれば、子供の頃の、

「木造の、急階段」

 を、思い出してしかるべきなのだろうが、今は、その感覚を思い出せるわけではなかった。

「おかしいな。いつもだったら、臭いを思い出したのだから、あの階段の光景も一緒に浮かんでくるはずなのにな」

 と感じるのだった。

 そんな恐ろしさを伴っている記憶がよみがえることで、恐怖を煽るはずなのに、今回は記憶がないのに、恐怖が煽られる。

 だから、どうすることもできない自分の感覚に、ただ、天井をぼんやり見つめることしかできないことが、却って、もどかしさと、恐怖の代わりに、

「言い知れぬ不安」

 のようなものが渦巻いているのだった。

「恐怖はさほどでもないが、不安だけが、どんどん募られる」

 この感覚は、リアルな痛みが身体に襲い掛かっているからではないだろうか?

 子供の頃も確かに、リアルな痛みはあったはずだが、今回は、

「本当は襲ってきたはずの恐怖を、身体の痛みが吸収してくれた」

 という不可思議な感覚に陥らせたことで、感覚の方に残るはずの恐怖が残ることなく、一緒に残っているはずの不安だけが自分の中で鮮明に意識されたのであろう・

 その、

「恐怖と不安が一緒に襲ってくる」

 という感覚は、子供の頃に感じたものと、大人では、若干違うものだろうと、自分で勝手に想像していた。

 それが、今回味わう機会があったにも関わらず、味わうことができなかったのを、

「本当によかった。命があって」

 と思えばいいのか、それとも、

「命があっても、味わえるはずだから、残念だったと思うのか?」

 という両極端なことを考えていた。

 それぞれにバランスが取れた考えなのかどうなのか、難しいところであるが、やはり、

「命あってのものだね」

 ということなので、

「あまり奇抜なことは考えない方がいい」

 ということであろう。

 病院のベッドで仰向けになって、天井を見ていると、

「落っこちてこないか?」

 と思うのは、今までもそうだったように、お約束の感覚であった。

「何度、天井が落ちてくるという、衝動に駆られたか?」

 それを思うと、

「ゆっくりベッドで寝ているのも、恐怖を煽る原因の一つなんだな」

 と感じた。

「恐怖を感じないのは、それだけ、本当に意識を失っていたからなのかも知れないな」

 と思い、何気なく、過去のことを思い出そうとしてみた。

 すると、

「あれ?」

 と感じたのだが、その感じた理由というのが、

「おかしい、過去のことを思い出そうとすればするほど、思い出した瞬間、空気が抜けるように、思い出したはずのことが消えていく」

 と思った。

 しかし、実際によく考えてみると、

「思い出したことは、消えるわけではないのだが、その近くの記憶が消えていくのだ」

 と思ったのだ、

 それを先生に話すと、

「ああ、なるほど、君は思い出そうとして、違う記憶を思い出しているのかも知れないな。だから、その記憶を思い出した瞬間。今まであった他の記憶がウソだと自分で認識し、それを忘れてしまうということが、稀にだがあるんだ」

 と医者は言った。

「これは、まだ学説としても、信憑性がないということで、発表もされていない理論だが、これが証明されれば、学術界で大きな話題となり、大変な発見ということで、クローズアップされることになるだろうな」

 ということであった。

 それを聴いた田所は、その話を、

「半分、聴いて、半分は、鵜呑みにできない」

 と思った。

 そう思うことは、自分の意識を、どこまで信じていいのか分からないという証拠であり、やはり、それだけ意識を失っていた時間が長かったのか、それとも、遠い世界だったということなのか、実際には、まだこっちの世界に戻ってこれているわけではないということなのだろう。

「病院のベッドというのは、どうしてこんなに硬いんだろう?」

 と、すぐに腰やお尻に痛みが走るのを感じた。

 痛みというか、だるさといえばいいのか、じっとしていることで、身体が固まってくるという感覚だった。

 その痛みが、意識が戻ってくるとともに、増してくるのは、それだけ、意識が戻ってきているという証拠なのだろう。

 だが、実際にはそうではないというのは、やはり、気を失っている間、

「どこかの知らない世界にいた?」

 といってもいいかも知れない。

 そういえば、昔見たドラマの中に、

「交通事故に遭った人が、ちょうど生死の境をさまよているという状況の時、夢で、大きな川を渡ろうとしていた。手には、六文銭が握られていて、それが、私朕であるということだったのだ」

 そこまでは、容易に想像がついた。

 その男は、死んでしまうところで、三途の川の渡し賃である、いわゆる、

「六文銭」

 を持っていたということだ。

 六文銭の伝説は、戦国武将の、真田信繁(幸村)の、

「真田家の家紋」

 として有名なので知っていた。

 だから、この男は、今まさに、三途の川を渡ろうというところだったのだ。

 だが、渡ろうとしているところに、誰かが呼び止める声が聞こえてきた。一度だけだったので、そのまま乗ろうとすると、船頭に拒否されたのだ。そして、手元を見ると、六文銭が、一紋足らず、

「超えることができない」

 というのだ。

 すると、目が覚めたようで、

「ああ、よかった」

 と、まわりが自分を覗き込んでいる。

「お前は交通事故に遭って、危ないところだった」

 と家族から知らされ、あの夢が、

「本当に三途の川の手前だったんだ」

 ということが分かるというような、エピソードが、劇中の一つの物語として描かれていた。

 完全に、ベタな話だが、

「確かによく使われる、シチュエーション」

 だったのだ。

 ベタではあったが、ベタを敢えて映像化していただけに、余計に気になる話であった。

 リアルでは意識することはなかったが、潜在意識のようなものとして残っている感覚だった。

「あのドラマを見てからか、妙に、六文銭や、三途の川のような渡し船があるところは、気になるようになったんだよな」

 と思えた。

 その感覚も、

「どこかで覚えがあるような」

 と感じたのだが、今から思えばその感覚は、

「ああ、あの子供の頃に怪我した、木造の急階段があるあの光景ではなかっただろうか?」

 という思いであった。

 子供の頃の思い出で、正直覚えているものは、そんなにない気がしていた。

 この強烈な感覚の、

「木造の急階段」

 ですら、完全に感覚として残っているものではなかったからだ。

 それまで意識として、そんなに残っていないと思ったことが、急にふと思い出される。

 その思いがどこからくるのかというのは、あの時ドラマで見た、

「三途の川と六文銭」

 という、

「ベタな感覚」

 ではなかっただろうか?

 手納を見ていて、

「天井が落っこちてくる感覚」

 に陥るのは、どうも、天井の模様に影響しているのかも知れない。

 何か複雑な幾何学模様にも見えるが、そこに規則性のようなものは感じられない。

「黒と白のコントラスト」

 と言えば聞こえはいいが、ただ、ランダムに配置されているだけである。

 実際にそれは、

「うるさくしてはいけない病院で、壁や天井が音を吸収しやすくするための工夫だ」

 ということは分かっているつもりであるが、それ以上の理屈を自分で理解できるわけではないということを感じるのだった。

 その思いというのは、客に、

「病院は音を吸収するから、却って耳鳴りのような感じになって、余計に気分が悪くなることがある」

 と思ったことがある。

 ただでさえ、病院には、いろいろな医療器具があって、その機械音が、病気の意識に余計な意識を植え込むことがある。

 確かに、医療機器なのだからしょうがないのだろうが、その音にトラウマを感じたりする人も少なくないだろう。

 身体を治す病院では分からないのかも知れないが、普通の病気で入院したのに、心療内科も同時に受診する人がいるというのは、

「そういう人も一定数いる」

 ということなのではないだろうか?

 そんなことを感じていると、

「病院というのは、本当に万能ではないんだな」

 と感じさせられる。

「一日に何人も死ぬ病院もあるというが、それだけたくさんの人を受け入れているということになるんだろうな」

 と感じさせられ、それも無理もないことに思えた。

「病院というところ、臭いだって、強烈で、むしろ臭いが一番きついということなのかも知れないな」

 と感じるのだった。

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