第50話 狼兵が待つ塔の頂

「ほらサン坊、そこで一休みしていきな」

「ああ」


 壊れかけの彫像に祈りを捧げた後、サンダルフォンは軽く伸びをする。


「そろそろ頂上に着く頃合いか?」

「だと思いたいねぇ」

「このまま何事も無く……とはいかないか」


 踵を返したサンダルフォンが双剣の柄に手をかけようとした瞬間、物陰から様子を伺っていた人狼は音も無く姿を消す。


「……は?何だ今の」

「偵察か陽動か、或いは挑発辺りだろうね」

「要するに喧嘩を売られたって解釈をして良いのか?」

「するのは勝手だけどね、そのせいで痛い目を見ても婆は知らないよ」


 突き放しているも同然なテスタメントの言い草にサンダルフォンは肩を竦める。


「そこまで言われるとさすがに頭も冷えるな……」

「血が上っているよりはずっとマシだろうに」

「まぁ……そうだけどな……」


 また暫く階段を上っていく内に塔の頂上へと辿り着いたサンダルフォンは辺りを軽く見回す。


「誰もいない……わけが無いよな」


 サンダルフォンが見据える先に佇む屈強な男は笑みを浮かべ、ゆっくりと歩き出す。


「随分と待たせてくれたなぁ、モーリエの狩人さんよぉ」

「……待たせた覚えなんて無いぞ」

「ハハハッ、つれねぇなぁ!」


 豪快に笑った後、屈強な男は足を止めて臨戦体勢を取る。


「忘れない内に名乗っておくぜ。俺はラジアン・ルプ、パンフィリカ様に軍団長を任されていた……って話は別に興味無ぇか」

「まぁ……無いと言えば無いな」

「ハハハッ、素直で結構!テメェの名は?」

「サンダルフォン・モーリエ」


 自分の名を告げるのと同時に双剣を抜き払い、サンダルフォンはラジアンと名乗った屈強な男を睨み付ける。


「お前とお前の主君を討ち取る狩人の名前、嫌でも覚えてもらうぞ」

「ああ覚えてやるさ、テメェが呆気なく死んだりしなけりゃな!」


 そう叫ぶのと同時にラジアンは地面を蹴り、人狼のそれに変じた右腕を勢い良く振り下ろす。


「っ!」


 想像以上に重い一撃を双剣で受け止めたサンダルフォンは歯を食いしばり、ラジアンに向ける眼光を一際鋭くする。


「ハハハッ、さすがに初撃は防げるか!」

「舐め、るんじゃ……ねぇ!」


 どうにか押し返して間合いを無理矢理作った後、サンダルフォンは一歩前に踏み込んで双剣の一方を横薙ぎに振るう。


「っと、」


 その一太刀を容易く躱したラジアンはにんまりと笑いながら完全な人狼の姿に変じる。


「さぁ、もっと楽しもうぜ!」

「お断りだ!」


 十数度打ち合った後、ラジアンが勢い良く振り上げた左腕をギリギリのところで避けたサンダルフォンは双剣の柄を強く握り締める。


「いい加減、くたばれ!」


 怒号と共にサンダルフォンが突き出した二本の剣はラジアンの胸を深々と貫く。


「……あーあ、もう終わりかよ」


 酷く残念そうに呟くのと同時にラジアンは人の姿に戻る。


「サンダルフォン、テメェは楽しめたか?」

「……その手の趣味は持ち合わせていない」

「ハハハッ、どこまでもつれねぇ奴だな!ケリムよりかはマシだけどよ」

「は?誰のことを言って……」


 突然出てきた聞き慣れない名前についてサンダルフォンが問うよりも先にラジアンは霧散した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る