第42話 崩れぬ城で起きる異変

 「──へぇ、中々良く出来てるじゃないか」

「魔女のお墨付きを頂けるとは光栄の至りだね」


 イフティミアとテスタメントが楽しげに会話をする一方、ユスフは工房の角で深い溜め息を吐く。


「どう弁明すれば要らぬ不興を買わずに済むんだ……」

「誤魔化すのとか苦手そうだもんな、あんた」


 一通りの確認が済んだ護符をイフティミアから引き取って腰に提げた後、サンダルフォンは踵を返す。


「じゃあ行ってくる」

「女王吸血鬼がもういないからって気を抜くんじゃないよ」


 イフティミアの忠告に肩を竦めつつサンダルフォンは工房を後にする。


「……ユスフには悪いことをしたかもな」

「良いんだよあれで、ユスフ坊は食わず嫌いが過ぎるからね」

「魔女さんがうまいことやってくれるのを信じるしかないな」


 テスタメントとの雑談に興じている内にサンダルフォンは目的地に到着する。


「ここが魔城か」

「悍ましい場所だね、強い魔の気配が今も残り続けている」

「魔城がある限り明けない夜は続き、魔の存在に恩恵を与える……」


 溜め息を吐いた後、サンダルフォンは魔城の中へと足を踏み入れる。


「廃墟の癖に厄介極まりないな」


 荒らされたままのエントランスホールを軽く見回した後、サンダルフォンは赤い薔薇の装飾が施されていたであろうボロボロの扉を開ける。


「……直接繋がっているのか」


 少し意外に思いながらもサンダルフォンは絢爛さを失った謁見の間を探索する。


「ん?」


 壊れた玉座の傍らに置かれた硝子の花瓶を凝視した後、サンダルフォンは頭を捻る。


「不自然過ぎるにも程がある……」

「こんな目立つ物を本職の狩人たちが見逃すとは思えないけどねぇ」

「怪しすぎるから無視した線は……さすがに無いか」


 花瓶に手を伸ばそうとした瞬間、サンダルフォンの脳裏に在りし日の光景が過る。


「これで──」

「終わりだぁ!」


 狩人たちが振るう武器に全身を貫かれた女王吸血鬼は目を大きく見開く。


「ば、バカな……妾が、こんな……」


 地面に倒れ伏して絶望に打ちひしがれる女王吸血鬼をよそに狩人たちは互いの健闘を称え合う。


「とうとう成し遂げたんだな、俺たち!」

「ああ、モーリエの若造に良い報せを届けられるぞ!」


 狩人の一人が口にした名を聞いた瞬間、女王吸血鬼は微かに身体を震わせる。


「モー、リエ……」


 この場にいない人物の名を呟き、女王吸血鬼は唇を噛む。


「何故おらぬ……モーリエの狩人……!」


 朦朧とする意識の中、女王吸血鬼は恨み言を並べる。


「認めぬぞ……妾はこの屈辱を……絶対に……!」


「──しっかりおし、サン坊!」


 テスタメントの叱責で我に返ったサンダルフォンは目をぱちくりさせる。


「今のは……過去視の魔法って奴か……」

「何を見たんだい?」

「本職の狩人たちが女王吸血鬼を討ったところだ」


 一呼吸置いた後、サンダルフォンは踵を返す。


「一旦戻って魔女さんの意見を……」


 さっきまですんなり開いていた扉が押しても引いても動かないことにサンダルフォンは一抹の不安を覚える。


「……いや待て、こういう時は転移の魔法を使えば良いんだったよな」


 懐からブローチを取り出し、サンダルフォンはキーワードを口にする。


「"導け"」


 しかし魔法は発動せず、不気味な静けさの中でサンダルフォンは焦りを募らせる。


「せ、せめてこっちは使えてくれよ……"繋げ"!」

「──何かあったのかい?」


 ブローチに施されたもう一つの魔法が発動したことにサンダルフォンは安堵する。


「結論から言うと魔城に閉じ込められた」

「転移の魔法は……使えなかったみたいだね」

「ああ、それと──」

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