第40話 番外編2:はじまり

 昔々、あるところに一人の貴婦人がいました。

 その貴婦人は自他共に認める美貌を持ち、たいそう幸せな日々を送っていました。


 しかし貴婦人は悩んでいました。

 自慢の美貌は歳を重ねていくごとに損なわれていくものだと知っていたからです。


 そんな彼女のもとに一冊の本が届きました。

 その本に記されていたのは永遠の美を約束してくれる魔法の薔薇──美貌の喪失を恐れる貴婦人が何よりも欲していた物の作り方でした。


 早速貴婦人は魔法の薔薇を作り始めました。

 その過程で沢山の人を犠牲にしましたが、貴婦人は一切気に留めませんでした。


 苦労の末に魔法の薔薇を完成させた貴婦人は心の底から喜びました。

 これでもう年老いることを恐れなくて良い。

 懸念すべきことが綺麗さっぱり解消された彼女の耳に不思議な声が響きます。


「誰よりも美しいあなた、薔薇を携えてどうかこちらへ来てください」


 呼ばれるままに貴婦人が向かった先には立派な城がありました。


 自分を呼ぶ声の主はこの城に住む素敵な人かもしれない。

 そんな期待を胸に貴婦人は城の中へと入っていきました。


──しかし、彼女を待っていたのは城に取り込まれるという悲惨な結末でした。

 貴婦人に本を送り、魔法の薔薇を作らせたのは他ならぬこの城だったのです。


 城は美女を求め、貴婦人は永遠の美を求めた。

 互いの望みが歪んだ形で叶えられた結果、貴婦人は誰の目も届かない場所で自分の身に起きた不幸を未来永劫嘆き続ける──筈でした。


 状況が変わるきっかけとなったのは一人の女吸血鬼が城にやってきたことでした。

 なんとその女吸血鬼は城の一部になっていた貴婦人から魔法の薔薇を取り上げてしまったのです。


 突然の事態に混乱する間も無く、貴婦人は女吸血鬼に身体中の血を吸いつくされて死んでしまいました。


 女吸血鬼の所業に城は怒り狂いました。

 様々な異空間に女吸血鬼を放り込み、ありとあらゆる苦しみを体感させようとします。


 しかし城の目論見が実現することはありませんでした。

 何故なら女吸血鬼が城を我が物とする契約を勝手に結んでしまったからです。


 永遠の美と城を手に入れた女吸血鬼は女王を名乗り、吸血鬼たちの頂点に君臨しました。


 後に鮮紀せんきと呼ばれた吸血鬼の絶頂期は数百年に渡って続き、終わることはないと思われていました。


──あの狩人が魔城を訪れるまでは。

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