第39話 果たされた務め
「何を……した、のですか……」
「加速の魔法を使ったんだよ、オマエが爪を振り下ろす直前にな」
剣を引き抜かれたナルシスはふらつきながらも困惑に満ちた目をミカエルに向ける。
「一歩間違えば、八つ裂きになっていたであろう状況で……そんな、賭けを……?」
「賭けに出ないとあなたを討つことは不可能だと判断したんですよ」
苦々しげに言いながらミカエルは双剣を鞘に納める。
「ただの偶然に縋らなければ勝てなかった、そういう意味では僕の負けです」
「──はは、律儀な方ですね……」
薄く笑みを浮かべたままナルシスは膝をつく。
「どうせ、大衆にとって……都合の良い解釈が、流布される……だけ、なのに……」
「……曾祖父様がベアトリシアを討ったのは殺された家族の仇を取るためだったことをあなたが知らないように、ですか」
一瞬目を見開いた後、ナルシスは合点がいったような表情を見せる。
「ああ……だからあんな、決まりごとを……ふふ……無知は、私の……方、でした……か……」
自嘲するように笑いながらナルシスは塵に変じる。
「過ぎた驕りは視野を狭め、やがてその身を滅ぼす……自分を省みる機会が無かったら、僕も……」
役目を終えた招待状が霧散する様を見届けた後、ミカエルは踵を返す。
「……ロンギヌス」
「うん?」
「さっきは察してくれてありがとう」
「相棒だからな、あれくらい余裕だ余裕」
「そっか」
柔らかい笑みを浮かべながらミカエルは工房へ通じる道を軽い足取りで歩く。
「──そうかい、これで当面は平和が約束されるね」
無事に戻ってきたミカエルから一通り話を聞いたイフティミアは安堵の息を吐く。
「禁書は今も行方知れず、ナルシスがジェニカに渡した種の出処も分からずじまい。これで平和を勝ち取れた、と言って良いのでしょうか……」
「その辺りは本職の狩人が請け負うべきことだからお前さんは気にしなくて良いんだよ」
腑に落ちない、と言いたげな顔をしながらミカエルはショートブレッドを囓る。
「……まぁ、禁書を探してるのは吸血鬼たちも同じだろうけどね」
「案外この状況を面白がっているのかもしれねぇな」
「面白がってるって……もしかして禁書が?」
「危険物の性格は歪んでるって相場が決まってるからな」
「嫌な相場だなぁ……」
「全くだよ」
ロンギヌスが述べた持論にミカエルは溜め息を吐き、イフティミアは肩を竦める。
──こうしてまた一つ、物語が幕を閉じた。
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