第38話 其の罪の名は傲慢
「ここは……」
移動した先が荒れ果てた庭園であることを確認した後、ミカエルは轟音が響く方向を見据える。
「……僕が帰るまでずっと息を潜めているつもりですか」
「それも悪くはなかったのですがね」
ミカエルが視線を上げた先──太い木の枝に腰掛けたナルシスは深い溜め息を吐く。
「我慢比べに時間を費やすくらいなら雑談に興じる方が有意義だとは思いませんか?」
「……話題によりますね」
「では私が常々疑問に思っていることを取り上げましょう」
足を組み直した後、ナルシスは徐に口を開く。
「モーリエの狩人殿、何故貴男の血筋は畏怖されるでしょうか。貴男の祖先であるアンヘル・モーリエが女王吸血鬼ベアトリシアを討ち取れたのはただの偶然でしかないのに」
「……は?」
困惑するミカエルをよそにナルシスは自分の考えを語り続ける。
「いずれ誰かが成し遂げたであろうことをやっただけで丁重に扱って、無闇に干渉してはいけないなんて決まりごとを作るなんてどうかしています」
「お、おいおい……ご自慢の女王サマを討たれたのが悔しいからってその言い草はいくら何でも……」
「……ああ、ジェニカのことですか。あれも所詮は偶然に屈する程度の出来損ないでしたね」
「偶然偶然って……そんなに負けを認めたくないんですか!」
「貴男こそ何を根拠に勝ち誇っているのですか?」
きょとんとした顔でナルシスは首を傾げる。
「──まさか、ジェニカに勝った勢いで私のことも討ち取れると本気で思っているのですか?」
「少なくとも逃がすつもりはありませんよ」
「よもやここまで侮られていたとは……」
組んでいた足を解き、ナルシスは枝の上から飛び降りる。
「仕方がありませんね、貴男に身の程というものを教えてあげましょう」
羽織っていたマントを蝙蝠の翼に変え、ナルシスは悠然と着地する。
「生憎ですが、あなたに教わることは何もありませんよ」
そう言い切るのと同時にミカエルは双剣を抜き払う。
「──実に愚かですね」
嘲るような笑みを浮かべながら闇に溶けた後、ナルシスはミカエルの背後に回り込む。
「っ、硬い……!?」
振り下ろされた蝙蝠の翼を双剣の一方で受け止めたものの、思いがけない強度の高さにミカエルは驚愕する。
「人間から変じた紛い物如きとは格が違うのですよ」
「……その自負に偽りは無さそうですね」
「理解して頂けたようで何よりです。まぁ、今更容赦などしませんが」
膠着状態を解除した後、ナルシスは蝙蝠の翼を鋭い爪に変質させる。
「この爪で貴男の四肢を一つずつ切り落とした後に胴を両断し、最後に首を刎ねて差し上げましょう」
「見くびられたのがそんなに嫌だったのかよ……」
「……喧しい腕輪の粉砕も追加しておきましょうかね」
表情を変えずに怒るナルシスと数度打ち合った後、ミカエルは空を一瞥する。
「日が昇るまで粘るのは……さすがに無理があるか」
溜め息混じりに呟き、ミカエルは双剣を構え直す。
「──なら、次の一撃で仕留める」
狙うべき一点を見据え、ミカエルは走り出す。
「自棄でも起こしましたか?」
呆れた顔をするナルシスが振り下ろした爪をミカエルは今までと段違いの速度で回避する。
「な、」
驚く声を上げる間も無く、ナルシスは二本の剣に胸を貫かれた。
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