第35話 模造の天使が課す試練

「この彫像は……大丈夫だよね……?」

「今まで世話になってきた奴と同じ、ただの置物だから安心しろー」


 ロンギヌスの見解を聞いて安堵の息を吐いた後、ミカエルは彫像に祈りを捧げる。


「さっきは本当にビックリしたなぁ……」

「あれはしょうがねぇよ。無機物が動くだけならまだしも、これまで安全を保証してた物が敵になって襲いかかってきたんだぞ?」

「また出てきたら嫌だなぁ……」


 不安を吐露しつつ探索を進めていく内にミカエルは荘厳な造りの礼拝堂に辿り着く。


「あれは……」


 そこで待ち受けていたものの意外性にミカエルは驚愕する。


「曾祖父様……!?」


 そう呟いたミカエルの前には何度となく目にした肖像画と同じ姿──若かりし頃のアンヘルを模した彫像が佇んでいた。


「多分……いや間違いなく動くぞ、あれ」

「試練の締め括りに相応しい相手でしょう、とか言いそうだなぁ……あの吸血鬼なら……」


 ミカエルが双剣を抜き払うのと同時に彫像も石で出来た双剣を構える。


「──行きます」


 最初の一太刀がぶつかり合う音が響いてから静寂が訪れるまでの数秒間、ミカエルと彫像は鍔迫り合いの状態で睨み合う。


「押し返せない……なら!」


 敢えて後ろに下がって鍔迫り合いの状態を解いた後、ミカエルは体勢を崩した彫像に斬りかかる。


「なっ……」


 その攻撃を彫像は容易く受け流し、反撃の一閃をミカエルに浴びせる。


「くっ!」


 被弾を最低限に抑えつつも付け入る隙を無くすことまでは出来なかったミカエルに彫像は容赦ない連撃を叩き込んだ後、締めの一発で後方へ弾き飛ばす。


「本当に、強い……」


 片膝をついたミカエルを冷たく見下ろしたまま、彫像は声を発することが出来れば挑発的な台詞を言ってそうなポーズを取る。


「お、おい、大丈夫なのかミカエル!?」

「どうにも出来なかったらここで終わりになるだけだよ」

「そりゃそうだけどよぉ!」

「だから何とかするよ、絶対に」


 深呼吸をした後、ミカエルは双剣を構え直す。


「──そう、何とかするしかないんだ」


 一気に間合いを詰めてきた彫像の攻撃を防いだ後、ミカエルは低い姿勢から勢い良く双剣の一方を振り上げる。


「これ、ならっ!」


 攻撃を防ぎ損ねたことで出来た隙を突いて何度も斬り付けた後、ミカエルは渾身の一撃で彫像を両断する。


「どうにか勝てた……」


 空から降ってきた白い薔薇のコサージュを掴んだ瞬間、ミカエルの脳裏に見覚えのある光景が過る。


「してやられたな」


 聖なる力に守られた墓標の前でナルシスは肩を竦める。


「あの双剣は家宝として飾られているものだとばかり思っていたが、まさか狩人の亡骸と共に埋葬されていたとは……」


 暫し考え込んだ後、ナルシスは溜め息を吐く。


「仕方ない、予定変更だ」


 そう呟いた後、ナルシスは踵を返す。


「招いた子孫が弱い可能性を考慮して成長の機会を設けるとして、ベアトリシアのやり口を真似るのが良いか……?」


「……あなたの思い通りになんてさせませんよ」


低い声で呟き、ミカエルは伏せていた瞼を上げる。


「あー、気合い十分なところに水を差すようで悪いんだけどよ……」

「工房に戻れ、でしょ?分かってるよ」

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