第33話 真に討つべき敵の名は

「なんつーか……とんでもねぇ奴だったな……」

「そうだね……」


 一呼吸置いた後、ミカエルは双剣を鞘に納める。


「……あんな脚本通りになんかしてたまるか」


 低い声で呟きながら黄色い薔薇のコサージュを拾い上げた瞬間、ミカエルの脳裏に見知らぬ光景が過る。


「──血染めの薔薇よ、この娘がお前の新たな宿主だ」


 フードを外した男がそう告げた瞬間、紅い薔薇から伸びる無数の茨がジェニカの身体を絡め取る。


「な、何……!?」

「オマエ!やっぱりジェニカを騙してたんだな!」

「主人の愚行を止められなかった小動物にとやかく言われる筋合いは無い」


 威嚇するクオを鼻で笑い、男は困惑するジェニカを見下ろす。


「君の愚かしさ……いや、素直さには感動すら覚えたよ。まさか贖罪を果たしたいという想い一つでここまでやり遂げるとはね」

「どう、いうこと……?」

「この花を育てる過程で魔の存在を沢山狩っただろう?まぁ、その殆どは私が予め用意しておいたものだが」

「え、」


 男が告げた衝撃的な事実にジェニカは目を大きく見開く。


「私が手掛けた冒険活劇を満喫して頂けたようで何よりだよ」

「もう黙れぇ!」


 飛びかかろうとしたクオを片手で払い除け、男は溜め息を吐く。


「ペットの躾がなってないことには苦言を呈したいところだが、今は時間が惜しい。本命の用件を早急に済ませるとしよう」

「い、いや……」

「君はオネリアのような失敗作になってくれるなよ」


 怯えるジェニカの顎を軽く持ち上げ、男はくすりと笑う。


「まずは──」


「お、おーいミカエルー?」

「──、どうしたの?ロンギヌス」

「それはこっちのセリフだっての。ついさっきまでブチギレる寸前の顔をしてたんだぞ、お前」

「えっ、そうなの……?」


 まさかの言われようにミカエルは戸惑いの表情を見せる。


「過去視の魔法で何を見たか、工房に戻ったら教えろよな」

「うん、ちゃんと話すよ」


 転移の魔法で工房に戻ったミカエルは過去視の魔法で知り得たことを一通り話した後、イフティミアに告げる。


「──ナルシス・アロガント。あの吸血鬼が今回の黒幕です」

「ベアトリシアに引けを取らない悪辣さの持ち主だと思えば納得が行く所業だね」


 イフティミアの見解にミカエルは首肯する。


「次出てきたらあの澄まし顔をボッコボコにしてやらねぇとな!」

「……そう都合良く出て来てくれるとは思えないけどね」


 深い溜め息を吐いた後、ミカエルは席を立つ。


「もう行くのかい?」

「はい、あと少しなので頑張ってきます」

「無理は……なんて言う必要は無さそうだね」


 一呼吸置いた後、イフティミアは改めて言葉を紡ぐ。


「今まで以上に気をつけて行くんだよ」

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