第32話 破り捨てるべき不愉快な脚本

「そういやミカエル、フードの男の方はどうするんだ?」


 四つ目の扉が色付いて橙色の薔薇のコサージュが霧散した後、ロンギヌスがふと思い出したように訊ねる。


「うーん……表舞台に上がってくるとしたらジェニカが討たれた後だろうからそれまでは放置かな」

「まぁどこにいるかも分かんねぇんじゃそうするしかねぇか」

「──、」


 何かを言おうとした口を噤み、ミカエルは黄色い薔薇の扉を開ける。


「こりゃまた随分と寂れたところだなぁ」

「人は……いなさそうだね」


 周囲を警戒しつつ、ミカエルは嫌な静けさが漂う路地を探索する。


「不気味だなぁ……」

「賑わってるべき場所に人気が無いせいだろうな」

「せめて鳥でもいてくれれば少しは……」


 不意に現れた人型の黒い影に困惑しつつもミカエルは双剣を抜き払う。


「ねぇロンギヌス、あれは……何?」

「形を伴った怨念の類だな。ほっとくとすげぇ鬱陶しいぞ」

「そんな気はしてたよ」


 音も無く襲いかかってくる影を斬り伏せ、ミカエルは溜め息を吐く。


「ええと、彫像は……あった」


 一呼吸置いた後、ミカエルは彫像に祈りを捧げる。


「何かありそうな雰囲気を出してたのは……あの劇場くらいか」

「戦うのにお誂え向きの場所、って意味でもあそこが最有力候補だろうね」


 影との戦闘を必要最低限に留めつつ、ミカエルは他の建物と違って綺麗な状態を保っている劇場の中へと足を踏み入れる。


「ようこそおいでくださいました」


 舞台の上で待ち構えていた人物──艶やかなドレスを纏った女性は恭しく頭を下げる。


「わたくしはオネリア・ミンシノース、本公演では主演女優を務めさせていただきますわ」

「公演……?」

「演目名は、女王と狩人」


 オネリアと名乗った女性がそう告げた瞬間、ミカエルは転移の魔法で舞台の上に移動させられる。


「なっ……」

「──いざ、開演にございます」


 ブザーの音がけたたましく鳴り響く中、舞台袖から無数の影が飛び出してくる。


「さぁ、勇ましく戦ってくださいませ!」

「乱暴な脚本ですね……!」


 悪態を吐きつつミカエルは双剣を抜き払い、襲い来る影たちを斬り伏せていく。


「さすがはモーリエの狩人様、雑兵如きでは話になりませんわね」

「分かってんならさっさと本命を出せよ」

「あら、段取りを軽んじた演目ほど陳腐な駄作になりやすいことをご存知ではなくて?」


 嘲るように笑うオネリアの背後から現れた巨大な獣の影は咆哮を上げ、勢い良く腕を振り下ろす。


「くっ……!」


 当たれば一溜まりもない攻撃をギリギリのところで躱した後、ミカエルは巨大な獣が追撃の体勢に入るよりも先に首を斬り落とす。


「数多の苦難を乗り越えて、狩人は遂に女王と対峙する!」

「勝手に盛り上がってじゃねぇぞ!」

「──されど女王を討ち取るには至らない」

「え、ぅぐっ!」


 急激な声色の変化に戸惑うミカエルの腹に強烈な蹴りを食らわせ、オネリアは笑みを浮かべる。


「狩人は敢え無く敗れ、女王の前に跪くのでした」

「その展開は……是が非でも避けたいなぁ……」


 数度咳き込んだ後、ミカエルは双剣を構え直す。


「身の程を弁えない蛮勇ほど憐れなものは早々無くてよ」

「蛮勇かどうかを決めるのはあなたじゃありませんよ」

「……生意気ですこと」


 再びけしかけられた影の群れを無言で斬り伏せた後、ミカエルはオネリアとの間合いを一気に詰める。


「また蹴られたいのかしら?」

「御免被ります!」


 オネリアが放った回し蹴りを跳んで躱した後、ミカエルは落下の勢いを乗せた一刺しでオネリアの胸を貫く。


「──、」


 口から血を溢れさせた後、オネリアは塵に変じた。

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