第30話 瀕死の猫は救済を乞う
「……、……テ……」
不意に聞こえてきた声がした方に振り返った後、ミカエルは首を傾げる。
「気のせい……」
「……ケ、テ……」
「じゃなさそうだぞ」
再び聞こえた声がさっきよりも少し大きいことにロンギヌスは警戒心を抱く。
「タ……ケ、テ……」
「また少し大きくなったか……」
「罠の定番ではあるけど、どういうパターンで来るかな……」
「タ……ス……ケ、テ……」
三度響いた声の主がその姿を現すのと同時にミカエルは双剣を抜き払う。
「オ、ネガ……イ……タ、スケ……テ……」
助けを乞う声の主──泥に塗れた黒い獣はふらつきながらもミカエルの傍へと歩み寄る。
「オネ、ガ……イ……ジェニ、カヲ……タス、ケテ……」
「ジェニカって確か……女王吸血鬼の名前だよね……?」
「そいつを助けてくれ、ってどういうことだよ」
事情を把握しきれないミカエルとロンギヌスが困惑する中、黒い獣は足を滑らせて倒れ込む。
「タ……スケ、テ……ジェ、ニカ……ヲ……タス、ケ……テ……」
「……こいつ、吸血鬼の眷属だから死んでねぇだけだな」
「同情を誘って騙し討ちをする……なんてことも出来なさそうだね」
双剣を握ったままミカエルは黒い獣の傍らに跪く。
「ジェニカ……ヲ、タスケ……テ……」
「君が望む形の救済を与えられる保証は出来ないけど……最善は尽くすよ」
「……モウ、ヒト……ツ……オネ、ガ……イ……」
「何だい?」
「ボク……ヲ、コロシ……テ……」
「──、」
一瞬固まった後、ミカエルは取り落としかけた双剣の柄を握り直す。
「ごめんね」
そう一言告げた後、ミカエルは双剣の一方を黒い獣の胸に突き立てる。
「ア、リガ、ト……」
掠れた声で感謝の言葉を紡ぎながら黒い獣は塵に変じる。
「どうか、安らかに」
塵の中から出てきた橙色の薔薇のコサージュを手にした瞬間、ミカエルの脳裏に見知らぬ光景が過る。
「ねぇジェニカ、本当に大丈夫なの?」
「私なら大丈夫よ、心配しないで」
不安を訴える黒猫の頭を撫でた後、ジェニカと呼ばれた女性は固く閉じた蕾をじっと見つめる。
「あと少しで花が咲く。そうすれば私の贖罪は……」
「やっぱりやめようよ!」
ジェニカの肩に飛び乗り、黒猫は必死に叫ぶ。
「この花、凄く嫌な感じがする!きっと咲かせちゃダメな奴なんだよ!」
「落ち着いてクオ、急にどうしたの?」
不思議そうな顔をしながらジェニカはクオと呼んだ黒猫を宥め賺す。
「ここまで大変なことばかりだったけど、あと少しの筈だからもうちょっとだけ頑張りましょ」
「違う、違うよジェニカ……そうじゃないんだよ……」
「今回は何を見たんだ?」
「あの獣が抱えていた後悔の一欠片……かな」
塵を暫し見つめた後、ミカエルは立ち上がって踵を返す。
「んじゃ一旦工房に戻るか」
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