第28話 吸血鬼の身勝手な思惑

「贖罪をしたい吸血鬼、ねぇ」


 ミカエルから一通りの話を聞いたイフティミアは暫し考え込んだ後、徐に口を開く。


「珍しくはあるけど大騒ぎするほどのことじゃないよ」

「そう……なんですか?」

「望まぬ形で吸血鬼に変じた、って経緯なら尚更さ」

「寧ろ引っかかるのはその女が渡された種の方だな。魔の存在を糧に育つ、とか花が咲いたら贖罪が果たされる、とか怪しいにも程があるだろ」

「……ミカエル、種を渡した奴の顔は覚えているかい?」


 イフティミアが投げかけた問いに対してミカエルは首を横に振る。


「フードを目深に被った……多分男の人……としか……」

「お前さんが警戒すべきはそいつの方だよ。贖罪を望む女吸血鬼の方は……一旦横に置いときな、直接会った時にどうするかを考えても遅くはない筈だろうしね」

「わ、分かりました」


 イフティミアの工房から魔城に移動し、エントランスホールへ入るのと同時にミカエルは双剣を抜き払う。


「少し見ない間に顔つきが変わりましたね、モーリエの狩人殿」

「……お陰様で」


 ミカエルが警戒心を強める一方でナルシスは余裕の笑みを浮かべる。


「貴男が突破した試練は二つ。まぁこれくらいは容易く乗り越えてもらわねばこちらとしても困ります」

「またいけしゃあしゃあと……」

「しかしこれより先はひと味もふた味も違いますので、より一層励んでくださいね」

「……あなたは、僕に何を望んでいるんですか?」

「肩書きに相応しい格の高さですよ」


 そう答えた直後、ナルシスの顔から笑みが消える。


「先代の女王吸血鬼ベアトリシアを討った狩人アンヘル・モーリエ。その子孫たる貴男には最低でも彼に比肩し得る実力を示してもらわねばなりません」

「……どうしてですか?」

「弱い貴男を倒してもこちらの格が落ちるだけだからですよ」

「自己中極まりねぇ理由だなぁ、オイ」

「ですから精々頑張ってください、我が女王こそ頂点に君臨すべきお方だと知らしめるためにもね」


 そう言い残し、ナルシスは闇に溶けて消える。


「あんの高慢ちき野郎……オレのことを完全に無視しやがった……!」

「僕の質問に答えた以外は一人で勝手に喋ってた、って感じだったね」


 双剣を鞘に納め、ミカエルは溜め息を吐く。


「あのナルシスって吸血鬼、女王吸血鬼の命令で動いているのかな」

「そうじゃなきゃわざわざ絡んでくることに説明がつかねぇだろ」

「うーん……やっぱりそうだよね……」

「どうしたんだよミカエル、そんなにあいつが気になるのか?」

「気になる……というか、違和感があるというか……」

「これも一旦横に置いとけよ。後回しにしても罰は当たんねぇって」

「……だと、良いんだけどなぁ」


 一抹の不安を抱いたままミカエルは橙色の薔薇の扉を開けた。

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