第26話 命惜しくば疾く走れ

 魔城に戻ってきたミカエルがエントランスホールに足を踏み入れた瞬間、薄汚れた扉の一つが鮮やかに色付く。


「コサージュのもう一仕事は次の扉を開けられるようにすることだったみてぇだな」


 役目を終えた青い薔薇のコサージュが霧散する様を眺めた後、ミカエルは新たに色付いた扉を見据える。


「青の次は黒……攻略する順番は曾祖父様の時と同じってことか」

「飛ばされる先も同じかは怪しいところだけどなー」

「その時はその時だよ」


 そう言って黒い薔薇の扉を開けたミカエルが飛ばされた先は河原──ではなく切り立った渓谷だった。


「……うん、曾祖父様の時とは違う場所だね」

「なーんか嫌な予感がするんだよなー……」


 ロンギヌスの懸念を読み取ったかのように崖の上から岩が落ちてくる。


「っととと……」


 バックステップで岩を躱したミカエルが一呼吸置く間もなく第二第三の岩が落ちてくる。


「走れミカエル!」

「言われなくても!」


 大小様々な岩が落ちてくる中、ミカエルは賢明に走り続ける。

 しかし事態は好転せず、一際大きな岩が転がってきたことで寧ろ悪化する。


「ミカエル!もっと速く走れるか!?」

「これが全速力だよ!」

「じゃあ援護してやる!」

「どうやって!?」

「こうすんだよ!"駆けろ"!」


 ロンギヌスが叫んだキーワードに応じた魔法が発動した瞬間、ミカエルの走る速度が上昇する。


「これなら……!」


 与えられた力を駆使してミカエルは渓谷を走り抜け、ようやく見つけた脇道に滑り込んで大岩が通り過ぎて行くのを見届ける。


「っはぁー……」

「間一髪だったな」

「そうだね……本当に……」 


 呼吸を整えた後、ミカエルは気になったことをロンギヌスに訊ねる。


「……ねぇロンギヌス、さっき使った魔法は何?」

「加速の魔法だよ。効果はさっき体験した通りだ」

「あれのお陰で助かったけど……出来れば先に教えてほしかったな……」

「おう、それはホントにごめんな?まさかこんな急を要する事態が起きるとは思わなかったからよ」

「まぁ結果良ければそれで万事解決、でこの話は終わりにしようか」

「そうしてもらえると助かるぜー」


 折良く発見した彫像に祈りを捧げた後、ミカエルは渓谷での探索を再開した。

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