第21話 番外編1:魔女の悲恋物語
「ねぇ魔女様、おじいちゃんのプロポーズを魔女様が断ったって話はホントなの?」
唐突が過ぎる少女の問いかけにイフティミアは凍りつく。
「……お前さん、その話を誰から聞いたんだい?」
「クリス!」
「あんのバカ武器……デリカシーってもんが無いのかい……」
こめかみを押さえた姿勢のままイフティミアは深い溜め息を吐く。
「それで、どうなの?」
「断った……ことになるのかねぇ」
「どうして断ったの?」
「魔の存在と人間は結ばれちゃいけないからだよ」
「魔女様、絵本の王子様とおんなじことを言ってる」
むくれる少女の姿に笑みを溢しつつ、イフティミアはホット・チョコレートを一口啜る。
「魔の存在と人間が結ばれると悲しい結末を迎えるお話がいくつもあるのは実際にそういうことが沢山あったからなんだよ」
「魔女様も悲しい結末を迎えたことがあるの?」
「……ああ、あるよ」
「嫌じゃなかったら聞かせてほしいな」
「そうだね、今ここで洗いざらい話した方が後腐れがなさそうだ」
深呼吸をした後、イフティミアは少女の方に向き直る。
「今からずっとずっと前のことだけどね、あたしはザハリエっていう人間の男と恋仲だったのさ」
「どんな人だったの?」
「武器鍛冶をやっていた、素朴な男だったよ」
「……もしかして魔女様、おじいちゃんがタイプじゃなかったからプロポーズを断ったの?」
「そういう野暮なことは思っても言うもんじゃないよ」
ホット・チョコレートを一口啜った後、イフティミアは再び言葉を紡ぎ出す。
「まぁともかく、あたしとザハリエは結婚を視野に入れるぐらい良好な関係を築いていたんだよ。ザハリエの家族が吸血鬼に殺されるまではね」
「吸血鬼って、ベアトリシア……?」
「いいや、その前の女王吸血鬼だよ。そしてそいつを討ち取るためにザハリエが作った武器こそがクリスさ」
「……倒せたの?」
少女の問いに対してイフティミアは首を横に振る。
「ザハリエには優れた武器を作る腕はあっても戦う力が無かった。その上クリスを作る過程で相当無理をしたからか重い病を患ったみたいでね、他の誰かに託すことしか出来なかったのさ」
「だから魔女様がクリスを預かったんだね」
「そのすぐ後だったよ、ザハリエが死んだのは」
残り僅かとなったホット・チョコレートを見つめたままイフティミアは言葉を続ける。
「最期の言葉はあたしへの謝罪だった。憎しみに飲まれてほったらかしにしたこと、病を患って先に死んでしまうこと、結婚の約束を守れなかったこと……とにかく色んなことを謝られたよ」
「それで、おしまい……?」
「ああ、この話はおしまいだ」
すっかり冷めたチョコレートを飲み干し、イフティミアは溜め息を吐く。
「あたしは吸血鬼が、人の幸せを踏みにじって偉ぶってるあいつらが大嫌いだ。でもあたしには戦う力が無かったから待つことしか出来なかった。その間に女王吸血鬼が討たれて、暫くしたらベアトリシアが新しい女王吸血鬼になって……そこから先はお前さんも知っての通りさ」
「……ねぇ、魔女様」
「何だい?」
「どうして今でも私たちと仲良くしてくれるの?」
これまた唐突な問いにイフティミアは目を丸くする。
「大好きな人とのお別れがとっても悲しいことなのは私も知ってるよ。魔女様がおじいちゃんのお葬式に来なかったのはそれが理由でしょ?」
「……ああ、そうだよ」
「私もいつかはおばあちゃんになって魔女様とお別れするのに、どうして仲良くしてくれるの?」
幼い子どもらしい言葉選びにイフティミアは目を細める。
「悲しいことばかりじゃないからさ」
「え?」
「なぁセラ、アンヘル……おじいちゃんとの思い出は悲しいことばかりだったかい?」
イフティミアが投げかけた問いに対してセラと呼ばれた少女は首を横に振る。
「楽しいことも、嬉しいことも、ちょっと嫌だなって思ったことも沢山あったよ」
「それが答えさ」
イフティミアの一言にセラがぽかんとする中、一人の男が工房に訪れる。
「セラ、そろそろ夕飯の時間だぞ」
「あっお父さん!」
「お迎えご苦労さん、デュー」
「魔女様の方こそ、いつも娘の面倒を見て頂きありがとうございます」
「ちょっと前まではアンヘルがお前さんの迎えに来てたのにねぇ」
「いつの話をしてるんですか……」
突然振られた思い出話にデューと呼ばれた男は気恥ずかしそうに頬をかく。
「ほらセラ、帰るぞ」
「うん、またね魔女様」
「またいつでもおいで」
親子が去った後、イフティミアは苦笑いを浮かべながら独り言ちる。
「……別れの悲しみを知っても尚、出会う喜びや共に過ごす楽しさが忘れ難くて人と関わることをやめられない奴はいるんだよ。あたしみたいにね」
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